A級掃海艇
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| A級掃海艇 | |
|---|---|
|
掃海艇「B」(1930年) | |
| 基本情報 | |
| 艦種 | 掃海艇 |
| 建造所 | ウィレムソード船渠[1][2] |
| 運用者 |
|
| 建造期間 | 1928年 - 1930年[2][3] |
| 建造数 | 4隻[1][3] |
| 要目 | |
| 基準排水量 | 179 t[1][3] |
| 長さ | 45 m[3] |
| 垂線間長 | 42.8 m[1] |
| 幅 | 6.0 m[3] |
| 吃水 | 1.5 m[3] |
| 主機 | レシプロ機関[2] |
| 推進 | 2軸[3] |
| 出力 | 700 ihp[1][3] |
| 最大速力 | 14.5ノット (26.9 km/h)[1][3] |
| 燃料 | 40 t[3] |
| 乗員 | 31名[3] |
| 兵装 | 機関銃×2基[3] |
A級掃海艇(英語: A-class minesweeper)は、オランダ海軍が運用していた掃海艇の艦級[1]。4隻が建造され、第二次世界大戦ではオランダ領東インドに配備されていた[2][3]。日本軍のジャワ島侵攻時に4隻ともスラバヤで日本軍の攻撃により沈没するか自沈したが、うち3隻は日本軍によって浮揚され、駆潜特務艇として再就役している[2]。
再就役後については「第百十二号型駆潜特務艇」を参照。
同型艦
| 艦名 | 建造所 | 進水 | 竣工 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| A[1] | ウィレムソード船渠[1] | 1929 - 1930年[1] | 1930年 8月4日[2] | 1942年3月1日、スラバヤにて被爆沈没[2]。 日本側に捕獲後整備を受け、1943年1月17日整備完了、第百十三号駆潜特務艇として編入[2]。 1945年6月23日、ジャワ海でアメリカ海軍潜水艦「ハードヘッド」の攻撃を受け被撃沈[2]。 |
| B[1] | 1930年 8月4日[2] |
1942年3月1日、スラバヤにて被爆沈没[2]。 日本側に捕獲後整備を受け、1942年12月20日整備完了、第百十二号駆潜特務艇として編入[2]。 1945年6月4日、ジャワ海で爆撃を受け被撃沈[2]。 | ||
| C[1] | 1930年 8月4日[2] |
1942年3月6日、スラバヤにて自没[2]。 日本側に捕獲後整備を受け、1943年4月8日整備完了、第百十六号駆潜特務艇として編入[2]。 1944年11月13日、ルソン島キャビテ西方でアメリカ軍艦載機の爆撃を受け被撃沈[2]。 | ||
| D[1] | スラバヤにて自没[2]。 損傷が激しかったとみられ、そのまま放置された[2]。 |
