DJ KIMURA
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経歴
高校時代からディスコへ出入り。1980年代半ばのディスコブームに一世を風靡したマハラジャによる京都「祇園マハラジャ」の対抗馬として生まれた河原町のアミューズメントディスコビル「イマージアム」に生まれたB2F〜2Fの大箱階層ディスコ「ガイア」の初代チーフDJ。以降、全国のディスコにゲストDJとしてライブ活動。
1991年よりオリックス・ブルーウェーブにて、日本における初代男性球場アナウンサー[1]として「スタジアムDJ」という肩書きを名乗り、ディスコ流の喋り・演出をスタジアムに持ち込み日本プロスポーツ界の演出面の向上に大きく貢献した[2]。
2000年をもってオリックス・ブルーウェーブスタジアムDJを勇退。2001年から2003年にはJリーグガンバ大阪のスタジアムDJも務める等の活動の傍ら映像演出等の研究を積み、映像制作会社レオナルズにてオリックス・バファローズ、横浜DeNAベイスターズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、Jリーグクラブなど[3]の映像制作に携わる。2025年には「日本スタジアムDJ協会」の設立を表明した。[4]
ディスコグラフィー
- 『I WANNA DANCE WITH YOU』日本コロムビア(1996年3月20日)
- 『BASS ROCKET Vol.1〜4』east west(1997年 - 1998年)
主な提供楽曲
- TWO GUYS/Free From The Cage
- Laid-Back/Girl's Guess,Adoroble Love
- Laid-Back/Sweetest Lover's
- メロディー・セクストン/U LEFT ME
- メロディー・セクストン/GET WITH IT
- メロディー・セクストン/KILLER LOOP
- Degiphatt/Crash The Gold
他
主な出演番組
- 関西テレビ 『タッチダウン』キャスター(1992年4月 - 1994年3月)
- J SKY SPORTS 『J SKY STADIUM』キャスター&コメンテーター(2001年 - 2002年)