HI-TIMEZ

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HI-TIMEZ(ハイタイムズ)は、日本のヒップホップユニット[1]

出身地 マサチューセッツ州
ジャンル Hip Hop
活動期間 1993年-
レーベル HI-TIMEZ RECORDZ
HI-TIMEZ
HI-TIMEZ(アーティスト写真より引用)
基本情報
出身地 マサチューセッツ州
ジャンル Hip Hop
活動期間 1993年-
レーベル HI-TIMEZ RECORDZ
公式サイト


略歴

 1993年に留学先のアメリカマサチューセッツ州にある高校で知り合いHI-TIMEZを結成。高校卒業後はボストンに拠点を移し、その後ニューヨークへの移住を機に音楽活動を本格的に開始する。アメリカではメジャー・デビュー目前であったが、日本で活動すべく帰国を決意。後に500万DLを果たす「君のすべてに feat. JUJU」でフィーチャリングするJUJUとはこのニューヨーク時代に出会う。

 2001年からはBUDDHA BRANDのメンバーであるDJ MASTERKEYら多くのHIPHOPアーティストとのコラボレーション行いながら音楽スキルやステージパフォーマンスを磨く。

 2004年には所属レーベルをTHE LIFE ENTERTAINMENTから東芝EMIに移し、2004年に小田和正の曲をサンプリングした楽曲「In My Words 〜言葉にできない〜」で日本でのメジャーデビューを果たす。

 2007年、当時交友のあったDef TechMicroの誘いを受けユニバーサルミュージックへ所属を移し、Spontaniaというユニット名で活動。2008年には「君のすべてに feat. JUJU」が大ヒットし、累計500万以上のダウンロードを記録。当時日本には少なかったフィーチャリングを広め、フィーチャリング文化を日本で広めたアーティストとしても音楽業界に知れ渡った。

 現在はHI-TIMEZとして、ニューヨーク時代のオンリーワンセルフメイドを掲げ、音楽活動を続ける。

エピソード

 Boot Camp Clikのクルーであり、MASSATTACKが自分達を投影していたとも語られているSmif-N-Wessunについて、TARANTULAは後にMaster Piece SoundのDJ MAGARAが運営するA-1 Clothingの周年パーティーの為にスペシャルゲストとして来日したSmif-N-Wessunをアテンドしたことを明かした。また、MASSATTACKの友人がSmif-N-WessunのメンバーであるTek-N-Steeleと友人であったことから、電話で音楽について会話をしたエピソードを持つ。この他にもBoot Camp Clikに関するエピソードとして、MASSATTACKはDJ KAORIの紹介でそのリーダー的存在であるDJ Evil Deeと挨拶を交わし、後に2人はCLUB HARLEMのコンピレーションアルバムに収録されたDJ MASTERKEYプロデュースの楽曲「Take Ya Time feat. HI-TIMEZ」のリミックスにおいて、トラックメイクしてもらうなどの関わりがあったことが知られている。

 大人気ヒップホップグループGang StarrのメンバーGuruについて、MASSATTACKは 当時インターンをしていたスタジオSample Kings StudioにGuruがレコーディングに訪れていることを知り、アピールをするために自身が制作した楽曲を普段より大きめの音量で流し、それに気付いたGuruは足を止め、「お前もトラックを作っているのか? 楽曲が完成したら聞かせてくれ。」などと会話したと後に番組で語られている。また、後日同スタジオにおいてHI-TIMEZがレコーディングを行っていた際、再びGuruが「JAZZ MATAZZ Vol.3」のレコーディングに訪れ、休憩中のGuruの元に有名プロデューサーであるBuckwildを始めとする多くのアーティストがトラックなどを聴かせている光景を目にしたTARANTULAは、自身を売り込もうとGuruの前で16小節のフリースタイルラップを始め、周りから止められるも、Guruは「止めるな。」と周囲を一蹴し、フリースタイルを終えたTARANTULAに「お前のラップはいいと思うから、もっと頑張れ。」などと感想を述べたという。後日TARANTULAが街中で偶然Guruに再会した際にも「Sample Kingsにいたカミカゼだな。ははっ。」と声をかけられ、Guruに認知されていたというエピソードを持つ。

 NYで当時TARANTULAがアルバイトをしていた日本食レストランに、時折テイクアウトのオーダーをしに来店するAbiという物腰の柔らかい客がいた。顔見知りになった頃ふとした会話の最中に「君はNYで何をしているの?」と聞かれ、「I rhyme(rapperの意)」と答えると、「そうだったのか、実は僕の息子もラッパーで役者もしているんだ。Mos Defという名前なんだけど知ってる?」※ちなみにabiとはアラビア語でfatherを意味し、umiはmother。Mos Defの代表曲の一つである「UMI Says」はここから取られたものと思われる。それがキッカケで、当時Hi-Timezが制作していた楽曲のデモテープをAbiに渡す事となり、後日スタジオに呼び出されるとそこにはMos Def, Common, Shawn J. Period(producer), Black Shawn(Rawkus Records A&R)など錚々たる顔ぶれが集まっており、Mos Defファミリーが設立を企てていたMCA傘下のGood Tree Recordsからのリリースを打診される。結果実現には至らなかったものの、この経験がよりHi-TimezとしてNYで活動していく上での大きなモチベーションとなったとされている。

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

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