キャリコットのキャリアは、アルド・レオポルド(1887-1948)の解釈から始まる。つまり、進化論と生態学がわれわれ自身とわれわれの周囲の世界についての基本的な見かたを変えたというレオポルドの認識を、キャリコットは形而上学のレベルで整理した。
キャリコットによるレオポルドの解釈は、1989刊行の『「土地倫理」を擁護して』(未邦訳:In Defense of the Land Ethic: Essays in Environmental Philosophy. Albany: State University of New York Press)に詳しく述べられている。その内容を要約すると、次の通りである。進化論と生態学によれば「土と水、植物、そして動物、あるいは集合的に土地」と人間が、共有された社会的コミュニティの本質をなす。そのため、われわれ人間がおたがいに負うことを認めあっている倫理的な義務は、この土地コミュニティにたいしても同じように敷桁し、奨励することができるし、そうすべきである。――この解釈にあたってキャリコットが依拠するのは、デイヴィッド・ヒューム、アダム・スミス、そしてチャールズ・ダーウィンである。道徳的な責務を土地にまで拡大することに関する議論のなかで、キャリコットは土地が内在的価値をもつと論じた。つまり、それは何か他の目的にたいする手段としての価値とは異なり、それ自身における、それ自身で有する価値であり、たんに道具的な価値以上の価値を土地は持つ、と主張する。この背景には、サイバネティックスの援用により、機械論に傾きつつあった生態系生態学と、それに基づく環境保護運動への批判がこめられている。
また、キャリコットはレオポルドの解釈のなかで、自らを「生態系中心主義者」と位置づける。つまり、全体としての種、エコシステム、流域、生物コミュニティ、生命圏、そしてそれら生物学的集合を構成する要素である諸個体に、直接的な道徳的地位を認める。この主張は、ホームズ・ロールストンⅢやアルネ・ネスの主張と同一視されることがあるが、それぞれの主張は異なるため、比較が必要である。また、動物福祉に関する倫理学と環境倫理学の相違点についても言及している。