アルド・レオポルド
From Wikipedia, the free encyclopedia
1887年、アイオワ州バーリントンで生まれる[8]。幼少期、「狩猟や鳥獣保護に接し」[8]、「エール大学付属シェフィールド科学学校で狩猟鳥獣管理学を学び」、卒業[8]。功利主義的環境保護思想に触発される[9]。1909年には森林官助手になり、害獣駆除に努めた[9]。同僚と食事中、レオポルドはオオカミを見つける[10]。鹿の狩猟を推進する観点から彼らはオオカミを撃ち殺した[10]。その時レオポルドはオオカミの目を見た[10][11]。これはレオポルドの忘れがたい思い出となり、彼はオオカミが獲物の管理に役立っていると知った[10]。1923年には経済的利益のための環境保護について述べる一方、「地球自体が生きているという思想にもとづ」き自然と人間の関係について考察した[10]。ここでの考察はレオポルドの思想の萌芽を含んでいた[4]。そしてウスペンスキー[12]や生態学者[4]から影響を受け[4][12]、語句や[4]関係性の中にみられる生命という考えを学んだ[12]。1933年には土地についての論考を発表し[13]、ウィスコンシン大学教授になった[14]。1947年、それまでの文章をもとにレオポルドは『野生のうたが聞こえる』の最終章を執筆した[15]。そして1948年心臓発作で死亡[2]。バーリントンに葬られた[2]。1953年、遺稿集が発行された[2]。
『野生のうたが聞こえる』
『野生のうたが聞こえる』は3章からなる著作である[16]。
第1章
農園での暮らしについて書かれている[16]。例えば、2月にはレオポルドはオークを燃やして暖まる[17]。レオポルドは薪になったオークが80年も厳しい環境を乗り越えて生き延びてきたことを知り、暖かい気持ちになる[17]。そして、オークが生きてきた時代にあった出来事を思い浮かべ、オークの灰がどのような姿に変わるのか夢想する[17]。
第2章
「自然保護にまつわるエピソードで人から聞いた話に関する感想」が書かれている[16]。例えば、レオポルドはリョコウバトの絶滅によるメリットはあるとしつつ、「見合うだけのものを代わりに手に入れたという確信がない」と述べている[18]。レオポルドはこの絶滅を悼み、この感情こそが人間の卓越性だとしている[18]。
第3章
オデュッセウスは奴隷に対して所有権を有しているとされたため、奴隷殺害は問題とはされなかった[6][19]。レオポルドによると土地にも同じ原理が適用されているという[6][20]。レオポルドはこれは間違っていると述べる[6]。レオポルドは人間は傲慢な態度を捨て[6]土地の一員となるべきだと訴える[15]。人間は経済的利益を根拠として環境を保護するのではなく[21]生態系を維持すべきだと述べる[22]。