KYO (バンド)
From Wikipedia, the free encyclopedia
ソニー・ミュージックエンタテインメント (米国)(米国)
| KYO | |
|---|---|
|
| |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
|
| ジャンル | ロック、ポップ・ロック、オルタナティヴ・ロック |
| 活動期間 | 1994年 - 2005年、2013年 - |
| レーベル |
ジャイヴ・レコード(米国) ソニー・ミュージックエンタテインメント (米国)(米国) |
| 公式サイト |
www |
| メンバー |
ブノワ・ポエール フローリアン・デュボ ニコラ・シャサニュ ファビアン・デュボ |
パリ郊外の市内の高校でデュボ兄弟がニコラとフローリアンと出会いバンドを結成。ニルヴァーナ、サウンドガーデン、レディオヘッド、パール・ジャムなどの共通のファンであり意気投合し、また日本の漫画好きでもあったため、対戦型格闘ゲーム『ザ・キング・オブ・ファイターズ』に登場するキャラクター、草薙京をオマージュしてバンド名を「KYO」と命名した。4人は学校のコンサート活動、年度終わりのパーティーなどからはじめ、パリ周辺のステージ活動を開始したが当時はまだ人気はなかった。1997年にアコースティックとエレクトリックのバンドがが混在する音楽祭に参加した際に、後のマネージャーとなるイヴミシェル・アクルと出会い、ソニー・ミュージックと契約。ちなみに契約サインをする際に、ソニー・ミュージックの事務所で1曲ライブを行った。ブノワは物忘れが多く、ソニーの事務所に契約書を忘れて帰ったという。その後、デヴィッド・アリディのライブでは前座を務め、また彼のPVのバック・バンドを担当するなどして周囲に知られていくようになる。同時に最初の楽曲を書き始めた。そのタイトル「il est temps」という曲は未発売である。その後、Jive/Zomba Franceとの契約を交え、2000年に彼らのグループ名をタイトルとしたアルバムを発売。これは40,000枚だけの販売に終わった。
2003年1月7日に、女性シンガー、Sitaとのデュオでこのグループを成功に導いた「Le chemin」を含む2枚目のアルバム『Le chemin』をリリース(他に「les chansons Dernière danse」「Je cours」「Tout envoyer en l'air」「Je saigne encore」などを収録)。このアルバムはミリオンヒットとなりその次のツアーは成功した。2004年2月にはこのツアーのDVD『Kyosphère』を発売。また2004年12月にアルバム『300 lésions』を発売し50万枚を売り上げた。2005年、Sita、 Jenifer、 ジョニー・アリディ(Ma religion dans son regard)等の他のアーティストのためにミュージカル『太陽王』の歌を書いた。2005年終わりには「300 lésionsツアー」の後に、2008年に出す4枚目のアルバムまで活動停止することを発表し、ソロ活動を開始。解散の噂があったが、バンドはただの活動停止と否定した。2006年、ファイトエイズモナコの「L'or de nos vies」の作曲と演奏参加を行った。
ブノワはティエリ・アミエルの「l'amour en face」への作曲や、エマニュエル・モワールの「le sourire」の作曲を行う。同時に、エマ・ドマスのセカンド・アルバムのため「Regarde-nous」という楽曲の共作を行った。2007年、メンバーはそれぞれのソロ活動を2008年発売予定の新しいアルバムのための結成の前に、バンドの新しいスタジオにて行った。ブノワとフローリアンは、Watchaのギタリストのフレッド、PleymoのベーシストのブノワとVegastarの旧ドラマーのジョセリンと共に新しいバンド、Empyrを結成し、最初のアルバム『The Peaceful Riot』を2008年5月12日に発売。ファビアンは新しい混合スタイルのバンド(ヒップホップ、リズム&ブルース、ポップ・ロック)を、Crew-Zヴノン、スィーク、パトリシオと共に結成しボーカルを担当。楽曲「La faille」は彼らの曲である。
ブノワとフローリアンのインタビューの中で、2011年に4枚目のアルバムのため、4月に発売したEmpyrのセカンド・アルバム『Unicorn』の後に、KYOの活動を再開すると宣言。公式ウェブサイトでは、活動再開時期は2012年10月のツアー終了後とアナウンスしていた。