L-29 (航空機)
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概要
構造
実戦運用
L-29は純粋な練習機であり、のちの時代に主流となるような本格的な軽攻撃機兼用機ではない。作戦機として利用するにはエンジン出力が低いという欠点を持ち、また兵器搭載量も少なかったが、それでもいくつかの戦闘では実戦に供されている。
1967年に勃発したナイジェリアのビアフラ戦争では、反乱を起こしたビアフラ側にはフランスやイスラエルなどが、ナイジェリア政府にはイギリスとソビエト連邦・共産圏がそれぞれ与した。ナイジェリア政府の要請で12機のL-29がアエロフロートのAn-12輸送機やポーランド所属の商船、さらに、チェコスロバキア本国からのフェリーで送られ、MiG-17戦闘機とともに政府軍の空軍によって運用された。運用に際しては、後席にナイジェリア空軍兵士が航法士兼観測手として搭乗し、前席の操縦席に就くのはローデシア(現ジンバブエ)および南アフリカといった旧イギリス植民地出身の傭兵であった(南アフリカ共和国の政府はビアフラを支持)。ナイジェリア空軍は20機のL-29とMiG-17を運用していたが、対空砲火や熱帯の気候、搭乗員の未熟さによる事故によって消耗し、12機あったL-29は4機のみになっていた。それでも、戦争末期にはロケット弾で武装したL-29が、ビアフラ側の再補給を妨害するために運用されている。
このほか、1973年の第四次中東戦争では、エジプト所属のL-29が主力攻撃機の補佐のために近接航空支援を実施している。このときは、練習機ゆえに機影が小さく撃墜されることが少なかったほか、投下精度も高いと評価されている。
性能諸元
派生型
- XL-29
- 試作機。エンジンは、ブリストル・シドレー・バイバーを装備。
- L-29A
- 単座の曲技飛行用機体。少数機生産。
- L-29R
- 攻撃機型。試作のみ。



