中学時代にDragon Ash、「Let yourself go, Let myself go」で日本語でのラップに触れ、続く「Deep Impact」に客演で参加していたラッパ我リヤのユーモアを交えながらもハードなライミングに大きな衝撃を受ける。
その後、ラッパ我リヤのアルバム「SUPER HARD(1998)」でラップ/ヒップホップカルチャーに本格的に傾倒するようになり、幼馴染であるDOTAMAとの2MCユニット「怒RILL頭(後に5W1Hに改名)」[1]で自身でもラップやトラックメイクを開始[2]。
高校卒業後は大阪芸術大学へと進学。大阪時代には主にGEBO擁するART OF VIBESやABNORMAL BULUM@らと共に活動。並行して、栃木・群馬で主に活動していた「素潜り」と「下水道オリメント」と共に「KITAKANTO SKILLZを結成。いくつかのユニットと並行して制作を行う。途中DOTAMAの脱退等を経て、KITAKANTO SKILLZとして「BUFFALO REPORT CODE:(2011)」をリリース。その後クルーが2013年に活動停止となって以降は本格的にソロに転向。近年はイギリス発祥のダンスミュージック、グライムも取り入れたスタイルで活動中[3][4][5]。