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RUKI

日本のヴォーカリスト (1982-) From Wikipedia, the free encyclopedia

RUKI(1982年2月1日 - )は、日本のヴィジュアル系ロックバンドthe GazettEのボーカリスト。神奈川県出身。血液型はB型。身長162cm。音源での作詞のクレジットでは「流鬼.」の名義を用いていたが、「VORTEX」以降、作詞クレジットが「RUKI」となる。

略歴

小・中学校時代

両親からの躾が厳しく、小学生の頃から書道、そろばん、学習塾、スイミングスクールに通う忙しい子供であったが、実際は親の目を盗んではコソコソとサボっていたらしい[要出典]。またその頃のトラウマからファミコンが嫌いになってしまった。

9歳上の兄の影響でX JAPANのアルバム『Vanishing Vision』を聴いていたが、そのジャケットが過激であったためよく怒られていた[誰によって?]。ハロウィンやガンズ・アンド・ローゼズなどのヘヴィメタル系の楽曲なども兄の影響で聴いていた。また、その頃からホラー映画も好んで見ており、『ターミネーター』の影響でナイフやエアガンに興味を持つようになった。中学3年生の修学旅行の出し物で友達とバンド演奏をすることになり、担当楽器をジャンケンで決めた結果ドラムスとなる。セックス・ピストルズの「Bodies」を演奏。これが生涯初のライブとなる。

高校以降

芸術系の高校に進学し、友人らと「鎖鎌」というバンドを結成。当時のRUKIはスパイキーヘアに髭を生やしたり、紫色に染めたり制服を切り刻んでは安全ピンで止めておりいわゆる"パンク・ロックファッション"であり、現在のヴィジュアル系とはかなりかけ離れていた。

高校3年生の夏に中退、家出する。バンド活動を開始。ある時サポートとして入った友人のバンドがヴィジュアル系バンドであったためメイクをしたところ、大きくイメージが変わった自分の姿に衝撃を受ける。それ以降、パンク系からヴィジュアル路線に転向し、「魅琴」を結成。魅琴時代に横浜のライブハウスで対バンしていたのが、当時、麗とREITAが在籍していた「鴉」である。その2人に魅力を感じ、魅琴を無理やり解散させる[要出典]。

魅琴解散後、魅琴のボーカリストとギタリスト、RUKI(当時はドラマー)、麗とREITAを加え「Ma'die Küsse」を結成。その後メンバーの方向性が崩れ始めたため解散。Ma'die Küsse解散後、RUKI、麗、REITAにRUKIの友人を誘い「Kar+te=zyAnose(カルテチアノーゼ)」という医療系のバンドを結成。しかしボーカルがしっくり来なかったため、麗の勧めでボーカリストへの転向を決意。カルテチアノーゼも結成後3カ月で解散した。その後はRUKI、麗、REITAに葵と由寧を加え「ガゼット」を結成。

作詞

人間関係、メディア、音楽業界、社会問題、性、犯罪、戦争といったメッセージ性の強い作詞が多い。シングル曲では「Filth in the beauty」では近親相姦、「Hyena」ではアイドルの批判、「紅蓮」では妊婦のたらい回し問題などの意味が込められていると言われており、歌詞からもそのような解釈が取れる[独自研究?]。

人物

  • バンドがきっかけで父親に勘当されたが、雑誌などで取り上げられるになってからは「応援してるよ」と連絡が来るようになり和解、ライブにもよく足を運んでいる。
  • 子供の頃から絵を描くことが好きであったため、この特技を生かしグッズなどのデザインなども手がけている。
  • 時代を生きているなかで、それを描写するような歌詞を書きたいと語る[1]。
  • 同じヴィジュアル系バンドであるナイトメアの柩やシドの明希、また自身の尊敬するYOSHIKIや清春や河村隆一などとも交友関係がある。
  • ヤンキー漫画が好きで、少なからず影響も受けたとインタビュー等でしばしば語っている。
  • 以前、警備員のバイトをしており今でも交通整理には自信があるとラジオで語っていた。
  • 2026年9月23日、体調不良を訴えた直後に倒れ、意識障害を伴う状態になったため救急搬送された。24日、the GazettE公式サイトにて精密検査及び経過観察が必要であるため入院中であると発表された[2]。

関連項目

脚注・出典

外部リンク

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