Radio Alhara
パレスチナのインターネットラジオ局
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Radio Alhara(ラジオ・アルハラ、アラビア語: راديو الحارة)は、主に音楽を放送するパレスチナのインターネットラジオ局である。2020年3月にベツレヘムから放送を開始した[1]。局名はアラビア語で「地元」やフッドを意味する[2]。
| 形態 | インターネットラジオ |
|---|---|
| 国 | パレスチナ |
| 放送開始 | 2020年3月20日 |
| 公式サイト |
www |
ベツレヘム、ラマッラー、アンマンに住む6人の友人が、2020年新型コロナウイルスのロックダウン中に連絡を取り合い、音楽を共有する手段として立ち上げた[3][4]。200人以上のレジデントが参加し、24時間・週7日の体制で放送を行う[2]。世界各地のミュージシャンらが参加し、各国のインターネットラジオ局でも放送されることがある[5]。2021年、東エルサレムに位置するパレスチナ人の多いエリアが違法な占領を続けるイスラエルによる立ち退きにあい、それに対する抗議活動として「Sonic Liberation Front」と名づけたキャンペーンを始めたことで広く知られるようになった[6]。
開設
Radio Alharaは2020年3月、ヤザン・ハリリ、ユセフ・アナスタス、イライアス・アナスタス、サイード・アブ・ジャベル、モタンナ・フセイン、イブラヒム・オワイスによって設立された[3][4]。ベツレヘム、ラマッラー、アンマンを結ぶオンラインの音楽放送スペースとしてスタートし、Dropboxのリンクを通じてリスナーからの投稿を受け付けた[4][3]。アブ・ジャベルは初期のコンセプトについて「コロナ禍の厳しいロックダウンで全員が閉じ込められていたから、160BPMのテクノは聴きたくなかった。土曜の夜ではなく、日曜の朝のためのラジオだといつも言っていた」と話している[2]。
番組は音楽を主としながら、パレスチナのパン作りについての話、1930年代パリのアラブ・キャバレーについての番組、レバノンの歌手ヤスミン・ハムダンやパレスチナのヒップホップ・アーティスト、Muqata'aの出演などもあった[7]。
現代のパレスチナでは、地理的な分断やパレスチナ難民の世界的な離散のため、「パレスチナ文化」の交流にはインターネットを通したコラボレーションやネットワーキングが不可欠な役割を果たしている[8]。パレスチナ人の建築家でもあるアナスタス兄弟は「建築は根本的に音楽と結びついている。流動性、物と空間が互いに入り込む感覚。それは音楽と強く通じるものがある」と語った[4]。
2020年のベイルート港爆発事故に対する救援募金キャンペーン[9]や、イランのマフサ・アミニ抗議運動との連帯放送も行った[10]。パレスチナの解放を求める国際的な運動との連帯しており、イスラエル占領下のパレスチナ人が直面する市民権・人権の問題を発信している[11][12]。
ソニック・リベレーション・フロント(2021年)
2021年5月、ラマダン中にイスラエル軍がアル・アクサ・モスクに突入。東エルサレムのシェイフ・ジャッラー地区でもパレスチナ人の強制退去が進み、続いてガザへの11日間の爆撃が行われた。Radio Alharaはこれらの弾圧への抵抗と連帯し、24時間の沈黙放送を行った[4][13]。この沈黙は世界中からの連帯メッセージを呼び、「ソニック・リベレーション・フロント」の立ち上げにつながった[4]。アーティストのディラール・カラシュが中心となり、シェイフ・ジャッラー地区での連日のプロテストを録音し、毎晩8時に放送した[2]。
2021年5月22日、ニコラス・ジャーが2019年から2020年にかけてのチリの革命音楽やコロンビアの蜂起の録音を含むセットを提供した[13]。NTSラジオのレジデントであるエドナ・マルティネスはコロンビアから24時間の放送を企画し、ラテンアメリカのディアスポラのアーティストを招いてパレスチナでの出来事にインスパイアされたミックスを届けた[2]。また、ソニック・リベレーション・フロント、Radio Alharaはロンドンのソーホー・ラジオと共に武器取引に反対するDJの連合である「DJs Against Arms Sales」キャンペーンをはじめた[14]。
2022年9月、イランの道徳警察によって22歳のマフサ・アミニが殺害されたことを受け、ソニック・リベレーション・フロントはマフサ・アミニ抗議運動に連帯する12時間の番組を2回放送。出演者は女性とノンバイナリーのミュージシャンで構成された[4]。
10月7日以降
2023年10月以降、イスラエルによるガザでのジェノサイドの激化を受け、Radio Alharaは多くの番組を通してパレスチナの現状を伝える放送を行った[2]。アーティスト・活動家・研究者のコレクティブとして立ち上がったラーニング・パレスチナと協力し、「Until Liberation」と題した12時間の放送を2回制作した[2][13]。第1回の放送では、ジョン・バーガーによるガッサーン・カナファーニー「ガザからの手紙」の朗読、1986年のエドワード・サイードのインタビュー、2022年のアンジェラ・デイヴィスのベルリンでのスピーチ、BDSに関するジュディス・バトラーの論評などが収録された[13]。第2回は脱植民地化運動の歴史をたどり、フランツ・ファノンやエドワード・サイードの著作を通じてアルジェリアとパレスチナのつながりに焦点を当てた[13]。
2023年10月以降、「24hパレスチナ」は何度も開催され、世界各地のインディペンデント・ラジオ局の連帯のもと同時に放送している。参加したラジオには、フランスのラジオ・フルーカ、イタリアのラジオ・ブラックアウトとラジオ・オンダ・ロッサ、南アフリカのパン・アフリカン・スペース・ステーションのほか、メキシコ、ガーナ、オランダ、ギリシャ、ブルキナファソ、ニューカレドニアなどが参加した[13]。
アブ・ジャベルは「パレスチナで何かが起きると、1日か2日はトレンドになるが、その後は消えてしまう。ラジオはこの運動の勢いを保つ役割をしている。ここでは毎日何かが起きている」と話した[2]。また「Radio Alharaは政治的だと言う人もいるが、自分たちはそう思わない。中東で育てば、政治は酸素や水のようなもので、すべてに関わっている」とも語った[2]。
2024年、Radio Alharaはベツレヘムのアートスペース「ワンダー・キャビネット」に初の物理的なスタジオを開設した[2]。ユセフ・アナスタスは、Radio Alharaは基本的にはバーチャルな空間のままだが、物理的な拠点があることでパレスチナを訪れたレジデントがライブ放送をしたり互いに会ったりできるようになったと話した[2]。
Radio Alharaは外部からの資金援助なしで運営されている。ユセフ・アナスタスは「資金はなく、誰にも報酬は出ない。限界はあるが、そのぶん自由がある。文化施設が助成金の申請に追われて、アイデアが平坦になりがちな時代に、私たちのラジオは違う形でやっている」と語った[2]。