Showdown
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当時、流行していたロサンゼルスのスタジオ・ミュージシャンを起用し作成された意欲作[1]。レコーディングもロサンゼルスで行われ、プロデュースはロニー・フォスターが担当した。渡米にあたっては同行していたレコード会社スタッフやコーディネータが都合により早々に帰国した為、ほぼ一人でレコーディングに参加することになった。
当初レコード会社から提案されていたスタジオ・ミュージシャンの中にはTOTOのメンバーもいたが、村田本人はリストアップしなかった。実際に揃ったセッション・ミュージシャンの中にはヴィニー・カリウタがおり、高い技術を披露した。村田が持ち込んだデモテープを元に、スタジオ・ミュージシャンによる洗練された演奏で楽曲が仕上げられ、元来洋楽志向の強い村田自身もその仕上がりに満足した。
最終レコーディング前日に喉を傷め(ホテルのキッチンでカレーを料理中に激辛のルーが喉につかえたため)、ヴォーカル・トラック以外をレコーディングすることになり、帰国後にダビング及びヴォーカルの録音を行うこととなった。しかし、この手法が上手く機能したため次作にも継承されることとなり、『Boy's Life』も同様にロサンゼルスでベーシック・トラックの録音を行い、帰国後に仕上げられることになった。
LPレコードのライナーノーツには、A面に″L.A. SIDE″、B面に″JAPAN SIDE″と表記されている。
当時の洋楽風サウンドと村田のロックおよびポップセンスが上手く融合し、洗練された作品に仕上がり、一つの節目となる『Boy's Life』への布石になった。