Su-37 (航空機・初代)
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開発
Su-37計画はスホーイ設計局の自主開発によって開始された[1]。主任設計者のウラジミール・ボバックはSu-25攻撃機の開発にも携わっており、本機はSu-25の後継機とされることもあったが、当初より戦闘・攻撃の両任務をこなすマルチロール機を想定していた点が特徴だった[2]。
Su-37はカナードとデルタ翼を組み合わせたクロースカップルドデルタ翼であり、タイフーンやラファールのような、当時の西側陣営で流行していた形態に似通っていた[3]。主翼は内側のLERXと外側の前縁後退角とが異なるダブルデルタ形状で、LERXに近接して上反角のついたカナードが配置されている[1]。カナードは+10度から-70度までの範囲で動く全遊動式。カナードの下部に固定式エアインテークがある[3]。主翼の翼幅は11.8 mだが[1]、狭い場所でも収容できるように折り畳み機構が装備されており、折り畳み時の翼福は8.10 mとなった[3]。翼端には固定式の電子戦ポッドがある[1]。
アフガニスタン紛争におけるSu-25の運用実績に基づき、操縦席やエンジン、機体の重要な区画には装甲(重量約800 kg)が施された[2]。操縦システムにはフライ・バイ・ワイヤが導入されている[3]。基本型は単座だが[1]、複座仕様も検討されている[3]。
エンジンはリューリカ=サトゥールン製 AL-41F(推力181.2 kN)。計画案では1基搭載だったが、2基搭載の双発機にする可能性も残されていた[4]。レーダーはパルス・ドップラー式の地形追随レーダーで、低空飛行のヘリコプターを含む10の地上・海上目標を同時に追尾できる能力を持っていた[3]。武装はGSh-30 30mm 機関砲を右舷LERX部に1門装備[2]。ハードポイントは胴体下面に9または10ヶ所、主翼下面に8ヶ所の計17または18ヶ所設けられ[1][2]、後述する模型展示では空対空ミサイル4発、空対地ミサイル2発、爆弾9発が装備されていた[4]。
搭載兵器は対空兵装として短距離または中距離の空対空ミサイルを、対地兵装としてレーザー誘導またはTV誘導方式の空対地ミサイル、対レーダーミサイル、対戦車ミサイルのほか、無誘導ロケット弾ポッド、各種爆弾(最大1,500 kg)を搭載。このほか、偵察ポッドなども装備可能だった[2]。最大兵装搭載量は8,000 kgで、3,000 kg搭載時の戦闘行動半径は1,500 kmだが、空中給油によってさらに延長させることが可能だった[2]。
Su-37はソ連空軍(ソ連崩壊後はロシア空軍)向けの多用途戦闘機として設計されたが、当局は当機に関心を示さなかった[1]。これは当時の同国空軍が双発機を好んでいたことや、外資不足による同国の経済的不況が影響していた[4]。そこでスホーイ設計局は諸外国との共同開発を狙い、1991年11月のドバイ航空ショーに本機の模型を展示した[1]。この時点では実機はなく、機体の風洞実験とレーダーなどの一部アビオニクスの試験が行われていただけだった[2]。しかし、模型展示の甲斐もなく、開発パートナーを獲得することはできなかった[4]。そのため試作機製造の段階にも進まないまま、計画は1992年に事実上終了した[2]。
本機の計画終了後、S-37の名称は前進翼実証機(後のSu-47)に[3]、Su-37の名称はSu-27の発展型であるSu-27M2に再使用されることになる。
スペック (計画値)

出典:「世界軍用機年鑑 1992-93 エアワールド 1992年9月別冊」93頁[1]、「Soviet Secret Projects: Fighters Since 1945」160頁[5]
- 全長:17.5 m
- 全幅:11.8 m
- 全高:5.7 m
- 翼面積:50.0 m2
- 空虚重量:12,500 kg
- 最大離陸重量:25,000 kg
- 最大速度:マッハ 2.0 (高空)、1,500 km/h (低空)
- 実用上昇限度:17,000 m
- 燃料搭載量:8,300 kg
- 最大行動半径:1,500 km (兵装3,000 kg搭載時)
- エンジン:リューリカ=サトゥールン AL-41F (推力 181.2 kN) 1基
- 兵装:
- 固定武装:30 mm機関砲 1門
- 兵装搭載量:8,000 kg