松島基地、第4航空団所属のT-2練習機は事件当日、A三等空尉(25歳)の操縦のもと、単独飛行訓練を行っていた[2]。A三等空尉は飛行時間が約270時間であり、事故当時はパイロットになる教育中の操縦学生であった[2]。また、T-2練習機に搭乗するのは15回目で事件当日は2回目の単独飛行だった[2]。
午後1時17分、A三等空尉は単独飛行訓練を終了したため、松島基地に帰投する予定だったが、午後2時5分に無線連絡が途絶えた[2]。
午後1時55分頃、「宮城県女川町指ケ浜の山林に飛行機が墜落し、山火事が起きた」と119番通報が入ったため、石巻警察署と救難機が駆けつけたところ、T-2練習機が墜落し、周囲に山火事が発生しているのを確認した[2]。
山火事はすぐに消し止められたが、焼け跡からA三等空尉の遺体を発見した[2]。
女川原発の近くであったことから、女川原発の半径3.6kmが訓練飛行の禁止空域となった[4]。
原因は練習機が「女川町上空の雲の切れ間から下降するように」と監督機が指示したところ、誤って別の雲間に降下し、視界が効かず位置が判断できなくなり、さらに高度を下げた結果、山腹に衝突したと見られる[5]。また、この事故のため、飛行隊長(41歳)が飛行訓練規則違反として戒告処分[6][7]、第四航空団飛行群司令(47歳)を口頭注意処分とした[7]。