W・リチャード・スティーヴンス
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リチャード・スティーヴンスは1951年、北ローデシア(現ザンビア)のルアンシャ出身。父親は銅産業に従事していた。一家がユタ州ソルトレイクシティ、ニューメキシコ州ハーレイ、ワシントンD.C.、南アフリカ共和国ファラボウワを転々としたあと、スティーヴンスはヴァージニア州ウェインズボロのフィシュバーン・ミリタリー・スクールに入学する。1973年にミシガン大学で航空宇宙工学の理学学士号を取得。1975年にアリゾナ州ツーソンに移住し、キットピーク国立天文台のプログラマーとして働きながら、アリゾナ大学から1978年に修士号、1982年にはシステム工学の博士号を取得する。1982年から1990年にはニューヘイブンのHealth Systems International社コンピューティングサービスの副社長の地位にあった。1990年にツーソンに戻り、そこでライターとコンサルタントとしてのキャリアを重ねた。彼はまた熱心なパイロットでもあり、1970年代にはパートタイムの飛行インストラクターも勤めた。
スティーヴンスは1999年に死去。48歳であった。2000年にはUSENIXからUSENIX貢献賞が授与されている。