YE-5 (航空機)
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YE-5
- 用途:実験機
- 設計者:リオ・ウィンデッカー
- 製造者:ウィンデッカー・インダストリーズ
- 運用者:アメリカ合衆国空軍、アメリカ合衆国陸軍
- 初飛行:1972年[1]
- 生産数:1+改造1+先行型1[1][2]
- 退役:1985年[1]
- 運用状況:退役
YE-5は、アメリカ合衆国の実験機。ウィンデッカー イーグルを元に製造されたステルス実験機である。
1963年、リオ・ウィンデッカー(Leo Windecker)は、当時の大統領科学技術顧問に対して複合材によるレーダーに映りにくい機体を提案したが[3]、その反応は良好なものではなかった[1]。この時点での構想は、レーダーの電波を透過する繊維強化プラスチックを用いるものであった[3]。
他方、グラスファイバーを航空機の構造材として用いる研究も行われており、こちらは4人乗りの航空機ウィンデッカー イーグルとして1967年10月に初飛行した[4]。
その頃、1963年の提案当時とは異なり、ベトナム戦争の経験からレーダーが航空機にとって脅威であることが認識されるようになっていた[3]。1971年、ウィンデッカーは下院議員ジョージ・ハーマン・マホンに接触[1]、「レーダーに映らない機体」としてアメリカ合衆国空軍に提案し[5]、当時の空軍システム軍団研究開発次長であったオットー・ジョン・グラッサー中将[6]によって試験が認可された[3]。金属部分がエンジンと降着装置のみであった試験機[注 1]は良好な成績を収め、空軍の実験機として1機が1973年2月に納入されYE-5Aとなったが、これはレーダー投影面積を抑える発想であり[3]、民間市場向けの機体に電波吸収体を追加し、プロペラをプラスチック製のものに交換したものであった[7][8]。
これに先だって1972年には、CADDOというコードネームを与えられた機体が、アメリカ合衆国陸軍向けに製造されているが、これはウィンデッカー イーグルの試作機(N803WR)をリースしたものであり、YE-5Aの設計に試験結果が反映されている。この機体は、陸軍が運用中の1980年に、ハリケーンによって失われた[1][9]。
YE-5Aは、ステルス機開発のための試験に使用され続けたが1985年に事故により失われた。陸軍は、新たにウィンデッカー イーグル1機(N4196G)を入手してこれをYE-5に改造して計画を続行した[1]。
アメリカ陸軍航空博物館に収蔵されている機体は、この改造によって完成した機体である[1]。
型式
要目
下記は原型機ウィンデッカーの値である。
出典: Windecker Eagle I(国立航空宇宙博物館)[4]を他の資料[1][10]で補完。
諸元
- 乗員: 1
- 定員: 4
- 全長: 9.7m (32ft)
- 翼幅: 8.7m(28ft 6in)
- 空虚重量: 975kg (2150lbs)
- 有効搭載量: 1540kg (3400lbs)
- 動力: コンチネンタル IO-520C ピストンエンジン、208.8kW (280hp) × 1
性能
- 最大速度: 339.5km/h (211mph)
- 巡航速度: 328.3km/h (204mph)
- 失速速度: 106.2km/h (66mph)
- 航続距離: 1979.5km (1230マイル)
- 実用上昇限度: 5486.4m (18000ft)
- 上昇率: 371.8m/s (1220ft/min)
- 離陸滑走距離: 260.6m (855ft)