垢嘗
日本の妖怪
From Wikipedia, the free encyclopedia
語釈
江戸時代

江戸時代の妖怪画の画図では、足に鉤爪を持つざんぎり頭の童子が、風呂場のそばで長い舌を出した姿で描かれている[7]。解説文が一切ないため、どのような妖怪を意図して描かれたものかは推測の域を出ないが、江戸時代の怪談本『古今百物語評判』には「垢ねぶり」という妖怪の記述があり、垢嘗はこの垢ねぶりを描いたものと推測されている[1]。
『古今百物語評判』によれば、垢ねぶりとは古い風呂屋に棲む化物であり、荒れた屋敷などに潜んでいるといわれる。垢ねぶりは、塵や垢の「気」が集まった場所から、その気(陰気)から「化生」(自然発生)するのだという。例えるならば、水のなかで生まれた魚が水を口にし、シラミが汚れのなかに湧いてその汚れを食べるように、垢ねぶりもまた、その生じた場所の産物である垢を食らうのだと説かれている[注 2][11][6]。
『日東本草図纂』では、嬰児でなく美人の女性の姿で現れることがあり、血肉を舐め取られて骸ばかりにされるという恐ろしいバージョンも伝えている[6]。その境遇に遭い骨ばかりにされて死んだという、播州の温泉に通っていた男の挿話がある[注 3][12]。
昭和・平成以降
注釈
- 原著では図入りの見開きに「垢舐」に「アカ子ブリ」と振り仮名される。日本髪の老女が桶型の湯船に浸かっており、その傍らで白色の妖怪が四つん這いになって舌をだらりと垂下げている構図である。