あしなが育英会
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一般財団法人あしなが育英会(あしながいくえいかい、英: Ashinaga Foundation)は、東京都千代田区平河町に本部を置き、さまざまな国内外(主にアフリカ)の遺児を支援している非政府組織(NGO)[1]。交通遺児の“恩返し”活動によって発足した団体であり、道路上の交通事故による遺児を除いた病気・災害・自死による遺児を支援対象としており、道路上の交通事故による遺児を支援対象とする公益財団法人交通遺児育英会とは別の組織である。
| 団体種類 | 一般財団法人 |
|---|---|
| 設立 |
1993年4月1日(任意団体) 2019年4月(一般財団法人化) |
| 所在地 |
102-8639 東京都千代田区平河町2-7-5 砂防会館4階 |
| 法人番号 | 7010005028962 |
| 主要人物 | 村田治(会長) |
| 活動地域 |
|
| 活動内容 | 国内外の遺児への教育支援 |
| ウェブサイト | www.ashinaga.org/ |
設立以来任意団体として活動していたが、2019年4月に一般財団法人として法人化した[2]。法律上、収支の公開は義務付けられておらず(公開はされている)、また、同会への寄付は所得税法上の寄附金控除の対象とはなっていない。
本項では、「あしなが学生募金」についても後段で説明する。
概要
由来
名称は、アメリカの小説家ジーン・ウェブスターが1912年に発表した小説『あしながおじさん』(Daddy-Long-Legs) にちなむ。交通遺児による“恩返し”活動からスタートしたが、奨学金の支援対象は病気・災害(道路における交通事故を除く)・自死(自殺)などで親を亡くした遺児や、それらが原因で親が重度の障害を負った家庭の子どもである。
沿革
あしなが育英会の発足は、支援を受けた遺児奨学生による「恩返し運動」が始まりであった[4][5]。交通遺児育英会の奨学金・支援を受けて成長した交通遺児が、「恩返し運動」として1982年夏から献血運動を実施[5]、翌1983年にはこの年に地震・水害・炭鉱事故などの災害が多発したことから、献血と合わせて災害被災者救済を目的とした「災害募金」を「恩返し運動」第2弾として実施した[5]。奨学生による「恩返し運動」第3弾は、1984年9月1日に「災害遺児の高校進学をすすめる会」の結成、同9月の「災害遺児育英募金」実施へと展開した[4][5]。「災害遺児」の救済運動は、「交通遺児」救済運動の手法を参考に行われた[5]。
「災害遺児の高校進学をすすめる会」が中心となって、災害遺児育英制度の設立を求める働きかけが行われたが[6]、交渉の中で設けられた期限までに政府補助は実現せず、1988年4月に「すすめる会」が自主的に災害遺児への奨学金制度を開始した[6]。
次いで、「災害遺児の高校進学をすすめる会」の奨学金・支援を受けて成長した災害遺児による「恩返し運動」として、1992年に病気遺児への支援を目的とした「病気遺児の高校進学をすすめる会」を結成[4]。翌1993年より病気遺児への奨学金制度を開始した[4]。
同1993年、上記の「災害遺児の高校進学をすすめる会」「病気遺児の高校進学をすすめる会」が合併することで「あしなが育英会」が誕生した[4]。
- 1984年 - 交通遺児による「災害遺児の高校進学をすすめる会」が発足。
- 1988年 - 「災害遺児の高校進学をすすめる会」が奨学金制度を開始。
- 1992年 - 災害遺児による「病気遺児の高校進学を支援する会」が発足。
- 1993年 - 「病気遺児の高校進学をすすめる会」が奨学金制度を開始。同年、「災害遺児の高校進学をすすめる会」と「病気遺児の高校進学を支援する会」が合併し「あしなが育英会」となる。
- 1995年 - 阪神・淡路大震災発生。ローラー調査を行い、573人の震災遺児を確認。
- 1999年 - 阪神・淡路大震災遺児の心のケア施設「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)竣工。学生寮「虹の心塾」を併設。同年秋の街頭募金より「自死遺児(自殺で親を亡くした子ども)支援」を打ち出す[7]。
- 2000年 - 第1回国際的な遺児の連帯をすすめる交流会を開催。
- 2001年 - 天皇・皇后が神戸レインボーハウスを訪問。
- 2002年 - ウガンダに国際NGO「あしながウガンダ」を設立。エイズ遺児への教育支援を開始。
- 2006年 - 東京都日野市に学生寮と全国の遺児の心のケアセンター「あしなが心塾レインボーハウス」竣工。
- 2010年 - ACジャパンでの広告キャンペーン開始(2010 - 2013年度、2022 - 2024年度)[8]。
- 2011年 - 東日本大震災発生。2082人の震災遺児を確認し、「特別一時金」を給付。仙台市に東北事務所を開設し、現地での心のケアをスタート。
- 2014年 - 仙台、石巻、陸前高田にレインボーハウスが竣工。
- 2018年 - 給付型奨学金制度を開始。
- 2019年 - 一般財団法人に法人化。
拠点
支援者・支援団体
- 平松愛理 - シンガーソングライター。毎年あしなが育英会「レインボーハウス」に寄付を続けている。
- 紺野美沙子 - 女優。あしながDVDナレーション支援。あしながさん。
- 本田圭佑 - プロサッカー選手。ウガンダレインボーハウスを訪問[9]。
- 西川きよし - お笑いタレント。30年以上にわたり、あしなが学生募金にゲスト参加[10]。
- ゴールドマンサックス証券 - あしなが育英会の公式サイトの英語版を、社員のボランティアで作成した。
- モルガン・スタンレー - 寄付、奨学生のための英語のワークショップ、社員のPウォーク参加など。無償であしなが育英会の団体紹介アニメーションを作成。
- 明治安田生命 - 全社共通の社会貢献活動として「あしながチャリティー&ウォーク」を開催[11]。
- THEカラオケ★バトル - テレビ東京系番組。あしながチャリティーソング「Thank you for the song」をリリース[12]。
- 阪神タイガース - 星野仙一監督(当時)の発案で、2002年のシーズン全試合、ヘルメットに同会のロゴステッカーを貼り戦った。
- 桧山進次郎 - 毎年シーズンオフに、神戸レインボーハウスを訪問し、遺児と交流。
活動内容
あしなが育英会は、「あしながさん」と呼ばれる「奨学金を継続的に送金する支援者」を随時募集している。先述の『あしながおじさん』からイメージを拝借したもので、“どこかの誰かが、どこかの遺児に毎月いくらかのお金を、育英会を通じて贈る”という奨学金制度である。遺児救済「あしなが運動」によって、これまでに11万人を超える遺児が、「あしながさん」の支援により高校、大学に進学している。
また、あしなが育英会は、奨学金育英事業団体としての活動だけでなく、継続的な心のケアを支援の柱として重要視しており、継続的な心のケアを行う施設として1999年、神戸市東灘区に「神戸レインボーハウス(虹の家)」、2006年には東京都日野市に「あしながレインボーハウス」を建設した。両施設では心のケア活動だけでなく、ケアの手助けをするボランティア「ファシリテーター」の養成もおこなっている。また、両施設には、遺児進学のための学生寮「虹の心塾」・「あしなが心塾」も併設されており、経済的な面でも支援している。レインボーハウスはウガンダにもあり、現地の遺児達の心のケアと教育支援(寺子屋教育)を行っている。
毎年夏頃、主に奨学金貸与者を対象としたキャンプ「つどい」をおこなっている。対象は高校生(高校奨学生のつどい)と大学・専門学校の1年生(西湖のつどい)で、数日間遺児同士が班ごとに分かれ、オリエンテーションや寸劇をしたり、自分自身の過去や未来について考えたり、近年では、ITと呼ばれる世界有名大学からのインターン生や日本に留学している留学生との国際的な交流したりするプログラムも実施されている。「西湖のつどい」では、以前つどいに参加した大学2年以上の学生らが“お兄さん・お姉さん”役として、「高校奨学生のつどい」には、大学・専門学校の1年生らがサポートする。かつては、80年代半ば頃、九州ブロックでも阿蘇でキャンプをしたり、2005年から2007年までの3年間は、毎年「つどい」に海外の遺児約100人を招き交流した。
さらに、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災で保護者が死亡、あるいは行方不明になった新生児から大学院生(専門学校も含む)までの遺児、及び孤児2,075人に使途自由・返済義務のない特別一時金として一律282万1964円を支給すると共に、神戸、東京、ウガンダに次ぐ、親を亡くした子供たちのための心のケア施設「仙台レインボーハウス」、「石巻レインボーハウス」、「陸前高田レインボーハウス」を2014年に建設した。
奨学金
病気や災害(道路上の交通事故をのぞく)または自死(自殺)などで親が死亡、あるいは親が著しい障害を負っている家庭の子どもが対象である[13]。
- 著しい障害とは、次の障害認定のうち第1級から第5級を受けている場合をいう。
2023年より奨学金制度が改められ、高校奨学金については全額が給付型に変更された[14][15]。また、あしなが奨学生に対し三菱UFJフィナンシャル・グループの支援による「あしながMUFG奨学基金」から給付型の大学進学支援金30万円および大学生・理系大学院生に対する卒業までの支援金(理系:月3万円、文系:月2万円〈2025年度以降〉)の支給制度が2022年度から新設された[16][17][18]。
| 奨学金 | 月額(給付) | 月額(無利子貸与) | |
|---|---|---|---|
| 高等学校・高等専門学校 (国公立・私立とも) |
30,000円 | - | |
| 大学・短期大学 | 一般 | - | 40,000円 |
| 特別 | - | 50,000円 | |
| 専修・各種学校 | - | 40,000円 | |
| 大学院 | - | 80,000円 | |
- あしながMUFG奨学基金による奨学金
| 目的 | 支給対象者 | 内容・給付額 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 大学進学支援金 | あしなが育英会 高校奨学生(3年生) |
進学前に30万円給付 (受験費用、交通・宿泊費含む) |
2022年度以降 | |
| 大学生支援 | あしなが育英会 大学奨学生 |
理系 | 入学から卒業まで毎月4万円給付 | 2022年度以降の大学入学者 |
| 文系 | 入学から卒業まで毎月2万円給付 | 2023年度以降の大学入学者 (2023-2024年度は月1万円) | ||
| 理系大学院生支援 | あしなが育英会 大学院奨学生 |
入学から卒業まで毎月4万円給付 | 2023年度以降の大学院入学者 | |
- 過去の奨学金制度
2018年4月からは、返還の義務がない給付型奨学金制度を新設し、高校生に月2万円、専門・大学生に月3万円、大学院生に月4万円を貸与型奨学金に上乗せして給付していた[19]。
- 2022年度までの奨学金制度[20]
| 奨学金 | 月額 | |
|---|---|---|
| 高等学校・高等専門学校 | 国公立 | 45,000円(内 貸与25,000円・給付20,000円) |
| 私立 | 50,000円(内 貸与30,000円・給付20,000円) | |
| 大学・短期大学 | 一般 | 70,000円(内 貸与40,000円・給付30,000円) |
| 特別 | 80,000円(内 貸与50,000円・給付30,000円) | |
| 専修・各種学校 | 70,000円(内 貸与40,000円・給付30,000円) | |
| 大学院 | 120,000円(内 貸与80,000円・給付40,000円) | |
| 草間奨学生 | 50,000円(内 貸与25,000円・給付25,000円) | |
| 入学一時金 | 貸与額 | ||
|---|---|---|---|
| 私立学校入学一時金 | 高校30万円・大学40万円 | ||
| 進学仕度一時金(高校奨学生対象) | 40万円 |
あしなが学生募金
|
あしなが学生募金ののぼり旗 | |
| 団体種類 | 学生団体 |
|---|---|
| 設立 |
1970年 (全国学生交通遺児育英募金事務局) |
| 所在地 |
102-8639 東京都千代田区平河町2-7-5 砂防会館4階 |
| 法人番号 | 7010005028962 |
| 活動地域 |
|
| 活動内容 | 遺児の奨学金を募る街頭募金の実施 |
| ウェブサイト | ashinaga-gakuseibokin.org/ |
あしなが学生募金(あしなががくせいぼきん)は、ボランティア運動を目的とした学生団体「あしなが学生募金事務局」が実施する募金活動である[21][22]。「あしなが学生募金事務局」は、あしなが育英会から奨学金を受けている遺児学生が中心となり組織される。募金活動のスタイルとして、“手を振って応える足の長い紳士の後ろ姿”のイラストを描いた旗と募金箱を持ち、学生が街頭で“遺児の進学支援のための募金を訴える”ことで知られている。
街頭募金は毎年4月と10月に実施され、同事務局の学生とボランティアが募金を呼びかける。この活動で集まった募金額は、あしなが育英会に遺児の奨学金として全額が寄付される[23]。
歴史
- 学生募金の前史
学生による街頭募金が注目され始めたのは1969年(昭和44年)、学生2人が7月から9月にかけての56日間で全国46都道府県(返還前の沖縄県を除く)を自動車で行脚して交通事故の遺児救済を呼びかけ、合計171万2759円の募金額を集めたことであった[24][25]。同年5月に設立されたばかりの交通遺児育英会が計画立案段階より協力し、募金額の全額が同会に贈られた。
組織的な学生募金の始まりは、その翌年の1970年5月に行われた秋田大学の春の大学祭である[24][25]。学生有志が全国の大学自動車部を中心に交通遺児キャンペーンを呼びかけ、39大学が参加し125万9548円の募金額を集めた[24][25]。
- 学生募金運動の開始
同1970年7月、前述の秋田大学祭の募金に参加した大学自動車部が中心に全国20大学が集まり、学生募金の全国会議を実施。秋田大学祭の実行委員会メンバーを役員とする学生募金の事務局を秋田大学内に設置。同年10月に「第1回全国学生交通遺児育英募金」として募金運動を10日間実施し、2286万3548円の募金額を集めた[24][25]。
その後、事務局は全日本学生自動車連盟に引き継がれ、第2回学生募金は翌1971年4月下旬の3日間に、大学・短期大学・高等看護学校など計949団体が参加して実施された[24][25]。第5回学生募金で累計募金額が1億円に到達、第23回で累計募金額が10億円に到達した[25]。1980年の第21回学生募金では初めて単独で1億円募金を達成した[24][25]。
このように当初は交通事故問題に関心を持っていた大学自動車部が中心となっての活動であったが、1983年の第27回学生募金より、事務局が交通遺児の奨学生に引き継がれた[25]。
1987年4月の第34回学生募金より支援対象を災害遺児に拡大することを全国会議で決定、その年の募金額を2等分して半分を今までどおり交通遺児(交通遺児育英会)に、残り半分を災害遺児(災害遺児の高校進学を進める会)へとそれぞれ贈ることとした[24][25]。1989年4月の第38回では募金総額の3分の2を災害遺児に贈った[25]。
1990年には支援対象が病気遺児へと更に広げられ、同年4月の第40回学生募金から募金総額を、交通遺児・災害遺児・病気遺児(病気遺児の高校進学を進める会)に3等分して寄付することにした[25]。1990年10月からは募金の正式名称を「全国学生交通遺児育英募金」から、それまでの愛称「あしなが学生募金」に変更した[24][26]。
1993年に「あしなが育英会」が設立されて以降は、「あしなが学生募金」は「あしなが育英会」を支援[24]。募金総額の3分の2を病気遺児と災害遺児の奨学金としてあしなが育英会に、3分の1を交通遺児の奨学金として交通遺児育英会に贈ることとした[28]。その後、交通遺児に対する募金活動は1994年に終了し[29]、以降はあしなが学生募金の全額が病気遺児・災害遺児の支援としてあしなが育英会への寄付に充てられるようになった。
2016年には支援対象がアフリカの遺児にも広げられた[24]。
沿革
- 1970年 秋田大学学園祭で、同祭実行委員会の呼びかけで39大学が参加しての交通遺児を支援する募金がおこなわれる。
- 1970年 全国学生交通遺児育英募金事務局発足。全日本学生自動車連盟が事務局を担う。第1回全国学生交通遺児育英募金実施。以来、毎年4月と10月に実施。
- 1980年 1回での募金額が、初めて1億円を突破する。
- 1983年 大学奨学生が、自動車連盟から事務局を継承。
- 1987年 災害遺児に支援対象を広げる。
- 1990年 病気遺児に支援対象を広げる。団体名を「あしなが学生募金事務局」に、募金名を「あしなが学生募金」に改称。
- 1994年 交通遺児を支援対象とした募金活動を終了。
- 1995年 阪神淡路大震災発生。震災遺児を支援する募金活動を展開。
- 2011年 東日本大震災発生。震災遺児への「特別一時金」を募り、過去最高の2億847万3340円を集める。
- 2016年 アフリカの遺児に支援対象を広げる。
- 2020年 実施予定であった第100回あしなが学生募金の街頭での活動が新型コロナウイルス感染症のため中止[30]。
- 2023年 4月の第105回あしなが学生募金(4月)より全国一斉開催を再開[31]。
ボランティア
毎回の街頭募金には、1万人を超えるボランティアが参加している。高校や中学校の生徒会、ボランティア部、JRC部、インターアクト部などが中心であるが、企業のCSR活動の一環としての参加や、個人参加も多い。希望者にはボランティア活動参加証明書が発行されている。
学生寮 あしなが心塾・虹の心塾
- あしなが心塾:東京都日野市百草892-1(百草園隣接)
- 虹の心塾:兵庫県神戸市東灘区本庄町1-7-3
- 遺児進学のための学生寮(短大・大学生が対象、専門学生は対象外)
- 寮費2食付月1万円
- 暖かい心、広い視野、行動力、国際性を兼ね備えた人類社会に貢献できる人の育成を目的としている。
- 最上級生以外は全員4人部屋に入る。人とのぶつかり合い・切磋琢磨が誘導される空間。
- 便所・風呂:男女別共同
- 読書感想文や英語レッスン、講座などな様々なカリキュラムがある。
役員など
- 玉井義臣 - あしなが運動創始者。前会長
- 村田治 - 会長。前会長代行[3][32]、前関西学院大学学長。遺児奨学生OB
- 青野史寛 - 副会長。ソフトバンク株式会社人事部長。遺児奨学生OB
- 天野聡美 - 副会長。イラストレーター。遺児奨学生OG
- 堀田力 - 元副会長。公益財団法人さわやか福祉財団理事長、復興庁復興推進委員会委員、弁護士
- 樋口恵子 - 元副会長。特定非営利活動法人高齢社会をよくする女性の会理事長
- 藤村修 - 元副会長。元衆議院議員、元内閣官房長官
- 松本紘 - 元副会長。理化学研究所理事長、元京都大学総長
- 鎌田薫 - 理事。元早稲田大学総長
- 土屋恵一郎 - 理事。前明治大学学長
- 松田悠介 - 理事。Teach for Japan創業者
- 副田義也 - 元理事。あしなが育英会名誉顧問、元筑波大学副学長、名誉教授
- 金木正夫 - 顧問。元ハーバード大学医学部准教授。遺児奨学生OB
- 村山武彦 - 元副会長。早稲田大学理工学術院創造工学部教授。遺児奨学生OB
- 有馬朗人 - 元副会長。元文部大臣、元東京大学総長
- 近藤正晃ジェームス - 元理事。元ツイッタージャパン(株)日本代表、世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤンググローバルリーダー