お玉ヶ池 (箱根町)
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お玉の伝説
お玉の伝説は古文書「山田弥一左衛門日記」(小田原市立図書館蔵)などに残る[4]。お玉は伊豆大瀬出身の女性[4]。年若くして江戸の従兄弟のもとに奉公に出たものの辛い仕事に耐えられなくなり、2か月で江戸を離れて実家の伊豆に逃げ帰ろうとしたが、箱根関の関所手形を持っておらず、関所破りをしようとしたが失敗[4][5]。「山田弥一左衛門日記」によると柵に絡まっていたという[4]。そして捕らえられてから2か月後に処刑されたという[4]。その後、「那津奈可池」(なずながいけ、お玉ヶ池の旧名)でお玉の首を洗ったという伝説から「お玉ヶ池」と呼ばれるようになった[4]。
元箱根のお玉観音堂では定期的に法要が営まれている[4]。
