がしゃどくろ
日本の妖怪
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がしゃどくろは、日本の妖怪。戦死者や野垂れ死にした者など、埋葬されなかった死者たちの骸骨や怨念が集まって巨大な骸骨の姿になったとされる。夜中にガチガチという音を立ててさまよい歩き、生者を見つけると襲いかかり、握りつぶして食べると言われる[1][2]。本来漢字表記は存在しなかったが、「餓者髑髏」と当て字出来るため[3]近年の創作等ではその表記が用いられることもある[4]。

がしゃどくろを描いたものではないが、巨大な髑髏である点から、がしゃどくろのイメージとして初期から使用されて来た。
概要
昭和中期に創作された妖怪であり、民間伝承を由来とした妖怪ではない。最初に書籍に登場したのは、『別冊少女フレンド』1966年11月号「あなたのそばにいる日本の妖怪特集」で、ここでは「あるくたびにガチガチと音をたて、目玉だけがとびでた巨大ながいこつ」として紹介されている[5]。記事を書いた斎藤守弘によれば、『ぼくら』昭和40年5月号(講談社)で紹介されたイギリスの幽霊譚「グラミス城の黒い騎士」から作ったという[5]。この幽霊が、「がしゃがしゃ」と音を立てることが、がしゃどくろの語源と考えられる[5]。
その後、山内重昭『世界怪奇スリラー全集2 世界のモンスター』(秋田書店、1968年)に収録された斎藤による妖怪記事に転載された[5]。同時期に水木しげるや佐藤有文にも取り上げられ、1970年代以後も両者の著書によって紹介され続け、広く知られるようになった。
佐藤の著書『日本妖怪図鑑』(1972年)の図版[1]や、水木が描いた妖怪画[2]では、歌川国芳の浮世絵『相馬の古内裏』に描かれた巨大な骸骨の絵を出自としたものをがしゃどくろの姿として採用した。がしゃどくろと直接の関係はないが、現代におけるがしゃどくろのイメージを決定付けた絵であると言える。国芳の『相馬の古内裏』は、江戸時代に山東京伝による読本『善知安方忠義伝』を題材にした作品であり、「相馬の古内裏」は平将門の遺児である滝夜叉姫が呼び出した骸骨の妖怪が大宅太郎光国に襲いかかる場面を描いている。原作では等身大の沢山の骸骨が現われる所を、国芳は1体の巨大な骸骨として描いている点に工夫と特色がある[6][7]。