平安時代から、日本では天皇の御在所である京都が最も上(かみ)であるとされ、それに日本最大の商都となっていた大坂を加えた京坂周辺地域のことを上方と呼んでいた。そのため、上方からその他の地方へ人や物が移動することを「下る」と言っていた。上方から他の地域に送られる「下りもの」もまた、その価値が高く評価された。
江戸が政治の中心地となってからは上方との間で人流や物流が増すこととなったが、なかには商品価値が乏しいために江戸には下らないようなものもあり、そこから価値が無いような物や事のことを「くだらない」と例えるようになった[2]。くだらないとされた事物とは、由緒や出所が定かではない、粗悪なものであった。
一方、下った先である江戸で作られた物はそもそも下りものではなく、商品としても京坂の物より劣っていたため、江戸で作られた物はくだらないとされた[3]。そこから優れている商品のことが下りものと言われ、優れていない商品のことがくだらない物と言われるようになったのであった。そして取るに足らないもののことがくだらないと言われるようになった。江戸時代の後期には江戸は上方には遅れをとらなくなっていたものの、酒だけは最後まではかなわなかったために灘などの酒が下り酒と言われ続けていた[4]。