さなげカントリークラブ

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所在地 日本の旗 日本
愛知県豊田市保見町小黒実88番地
運営 メンバーシップコース
さなげカントリークラブ
Sanage Country Club
さなげカントリークラブ
さなげカントリークラブの空中写真。
2007年平成19年)6月16日撮影の8枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
愛知県豊田市保見町小黒実88番地
座標: 北緯35度7分46.84秒 東経137度7分24秒 / 北緯35.1296778度 東経137.12333度 / 35.1296778; 137.12333
概要
開業 1964年昭和39年10月14日
運営 メンバーシップコース
設計 J・E・クレイン
運営者 株式会社 愛知さなげゴルフ場
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4420 1 4390
2 3176 2 4400
3 5508 3 4340
4 4395 4 3206
5 3166 5 4466
6 4395 6 5570
7 4380 7 4383
8 4467 8 3191
9 5495 9 5486
363402 363432

その他
公式サイト さなげカントリークラブ
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さなげカントリークラブは、愛知県豊田市にあるゴルフ場である。

さなげカントリークラブは、1964年昭和39年)10月14日、愛知県西加茂郡猿投町(現・豊田市)に開場された「ユニオンカントリークラブ」が前身である[1]

ユニオンカントリークラブは、猿投町の低丘陵地27万坪に、コース設計を「鳴尾ゴルフ倶楽部」(1920年大正9年)開場)を設計したクレイン3兄弟のジョー・E・クレインが行い、18ホール、距離6,980ヤード、パー72の規模で開場されたゴルフ場である[1]

1967年(昭和42年)5月、ユニオンカントリークラブの経営が後藤鉀二によって引き継がれた[1]。後藤鉀二は、1906年明治39年)に東京府(現・東京都)で生まれ、名古屋市で育った[1]。父親の喬三郎は、名古屋で名古屋電気学講習所を開いたが、1925年(昭和元年)急逝した[1]。後藤鉀二は、19歳で名古屋電気学講習所の校主となり、旧制浜松高等工業(現・浜松高等工業学校)在学中に卓球を始め、24歳で名古屋卓球協会理事に、30歳で名古屋卓球協会理事長に就任した[1]

1967年(昭和42年)4月頃、猿投町は豊田市と合併したが、後藤は由緒ある地名が消えることを惜しんで、同年10月、会社名を「株式会社愛知さなげゴルフ場」に、クラブ名を「さなげカントリークラブ」と改称した[1]。毎年、愛工大名電高ゴルフ部の合宿が行われている[1]

所在地

〒470-0344:愛知県豊田市保見町小黒実88番地

コース情報

  • 開場日 - 1964年(昭和39年)10月14日
  • 設計者 - J・E・クレーン
  • 面積 - 770,000m2(約万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、6,834ヤード、コースレート73.0
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 2グリーン、松グリーン(ベント芝)、桜グリーン(バミューダ芝)
  • ハザード - バンカー76、池が絡むホール6
  • ラウンドスタイル - キャディ付、セルフ選択制、5人乗りリモコン乗用カート、1組2名~4名
  • 練習場 - 25打席250ヤード アプローチ・バンカー練習場有り パター練習場
  • シミュレーションゴルフ(クラブハウス内専用ルーム)
  • 休場日 - 毎週月曜日、12月31日、1月1日[2][3]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 3,600m2(坪)
  • ハウス設計 - 清水建設株式会社
  • ハウス施工 - 清水建設株式会社[2][3]

ギャラリー

  • コース - [4]
  • ハウス - [5]

交通アクセス

鉄道
道路

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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