はこだて自由市場

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2025年6月

はこだて自由市場(はこだてじゆういちば)は、北海道函館市新川町にある市場。運営主体は函館自由市場協同組合。 函館朝市中島廉売とともに函館三大市場の一つに数えられる[1]。品質の高さから、地元の寿司店や割烹の料理人が仕入れに訪れる「プロ御用達の市場」として知られている[2]

函館市電新川町停留場の至近に位置する。鮮魚店を中心に、野菜、乾物、惣菜などを扱うほか、飲食店ブースも出店されている。観光客向けの土産物店が多い函館朝市と比較して、対面販売による市民の日常的な買い物や、プロの料理人による仕入れの場としての性格が強いのが特徴である[3]

2016年(平成28年)現在、下記の通りである[4]

  • 運営者名:函館自由市場協同組合
  • 運営者設立年月日:1971年(昭和46年)11月15日
  • 組合員数:38名(鮮魚28店、青果2店、塩干6店)

歴史

闇市からの発足

市場の源流は、1945年(昭和20年)の終戦直後に遡る。当時の函館駅周辺に加え、1934年(昭和9年)の函館大火後の復興計画で火防線として整備されたグリーンベルト(広幅員道路)帯周辺にも、引き揚げ者や農家などの行商人が押し寄せ、生活物資を並べる「闇市」が自然発生的に形成されたのが始まりである[5][6]。 1951年(昭和26年)にはこれら一帯の露店商が集まって組織化が進み、当時の食品衛生法の影響により路上での営業が禁止されたため、新川町の現在地に移転し市場ができた[5][7]

1951年(昭和26年)10月1日現在は下記の通りだった[7]

  • 出店者数:169名
    • 鮮魚115名
    • 青果30名
    • 塩干24名

1995年の大晦日火災と復興

市場の歴史において最大の試練となったのは、1995年末に発生した全焼火災である。

  • 1995年(平成7年)12月31日: 大晦日の出火により市場建物が全焼。火災直後、組合内で火災跡地での再建に向けた話し合いが持たれた。一部の店主たちは早期の復旧を目指して結束し、仮設営業などを経て市場の再建を急いだ。
  • 1996年(平成8年)8月8日: 火災から約8ヶ月後、同じ場所に新しい建物を建設し入居することで合意した者たちにより「新生・はこだて自由市場」として再建がスタート[5]

再建後の市場

1996年の再建計画スタート以降、新生市場の完成後も幾度かの改修を重ね、利便性の高い施設へと発展した。2020年代以降は近隣の商業施設や飲食店との連携も強化されている。例えば、近隣の屋台村「大門横丁」とのコラボレーションなど、地域経済の活性化に向けた取り組みが行われている[8][9]。 現在は、webメディアでの紹介などにより国内外の観光客からも高い評価を得ており、函館を代表する食の観光拠点となっている[10][11]

年表

出典なきものは『七十年のあゆみ』 pp.14-15より。

交通アクセス

周辺の建物

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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