はらがたわ峠

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はらがたわ峠(はらがたわとうげ)は、大阪府豊能郡能勢町にある山辺地区と天王地区を結ぶである。はらがたわ[1]はらいがたわ峠[2]とも呼ばれる。「たわ」は峠と同義の語である。

所在地 大阪府豊能郡能勢町天王・山辺
座標
はらがたわ峠の位置(日本内)
はらがたわ峠
北緯35度1分26秒 東経135度21分58.5秒 / 北緯35.02389度 東経135.366250度 / 35.02389; 135.366250座標: 北緯35度1分26秒 東経135度21分58.5秒 / 北緯35.02389度 東経135.366250度 / 35.02389; 135.366250
通過路能勢街道
はらがたわ峠
所在地 大阪府豊能郡能勢町天王・山辺
座標
はらがたわ峠の位置(日本内)
はらがたわ峠
北緯35度1分26秒 東経135度21分58.5秒 / 北緯35.02389度 東経135.366250度 / 35.02389; 135.366250座標: 北緯35度1分26秒 東経135度21分58.5秒 / 北緯35.02389度 東経135.366250度 / 35.02389; 135.366250
通過路能勢街道
プロジェクト 地形
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能勢街道国道173号線旧道)が通る峠である。かつては、堆肥や厩肥をつくる草刈り場であり[2]、また付近に山辺川の水源がある[3]

周辺にはキャンプ場や山辺川砂防堰堤が存在し、途中の砂防ダム付近では2000年以降に道路の付け替えが実施された。 1990年までに国道173号線が付け替えられたの伴い利用者は減少し、特に峠南側の九十九折区間は廃道に近い状況になっている。一方、峠北側にはカフェがあり交通量は少なくない。

伝承

天保の大飢饉の頃、この峠で行き倒れた人々の魂がひだる神となり[4]、峠を往来する人々にとりつくといわれ恐れられていた[5]

1865年(慶応元年)に、ひだる神がよくつく場所近くの石窟妙見菩薩馬頭観音を祀るようになった[2]。しかし、1929年(昭和4年)に新道が開通した頃に、馬頭観音は兵庫県多紀郡向井村へと持ち帰ったといわれており[4]、妙見菩薩が残る石窟も木々が生い茂り近寄れなくなっているという[2]

位置情報

脚注

関連項目

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