やぐら嵐
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| やぐら嵐 | |
|---|---|
| ジャンル | 少年漫画 |
| 漫画 | |
| 作者 | ビッグ錠 |
| 出版社 | 少年画報社(連載) 永岡書店(出版) |
| 掲載誌 | 週刊少年キング |
| レーベル | ナガオカコミックス |
| 発表号 | 1972年 - 1973年 |
| 巻数 | 全5巻 |
| テンプレート - ノート | |
| プロジェクト | 漫画 |
| ポータル | 漫画 |
『やぐら嵐』(やぐらあらし)は、ビッグ錠による日本の漫画作品。相撲を題材とした漫画。『週刊少年キング』(少年画報社)にて1972年から1973年にかけて連載された。主人公嵐三吉が上京して弱小相撲部屋に入門し、前相撲で初土俵を踏み、親方との死別、ライバル醍醐剛との激闘を経て序二段で優勝するまでが描かれた。主なストーリーの舞台は連載時期と同じ1972年。夏場所(三吉の初土俵はその前の春場所)から九州場所までの1年弱となっており、史実での名古屋場所における高見山の平幕優勝や、九州場所での琴桜の復活優勝なども連動して描かれている。
単行本は雑誌連載終了後の1976年に永岡書店より、ナガオカコミックスとして全5巻が発売された。2021年現在紙媒体は絶版だが、「ebook」や「booklive」などで電子書籍版が配信されている。電子版では第1巻冒頭や最終第5巻ラストでの主人公嵐三吉の読者へのメッセージや、各巻冒頭でのあらすじ等はカットされている場合がある。
大相撲夏場所千秋楽。まわしを締めながら息を切らせて国技館へ向け疾走する若い力士がいた。名を生駒部屋の「嵐 三吉(あらし さんきち)」。序ノ口力士であるが、うっかり寝坊してしまい、このままでは不戦敗になってしまうため急いでいたのである。たまたま居合わせた初老の警官による交通整理のおかげで取り組みには間に合ったものの、全勝力士、黒岩に敗れる。前相撲で初土俵を踏んだ先場所は、小さな体格ながら連勝で前相撲、本中を突破、今場所は新序として初めて番付に名前が乗ったが、番付外とは勝手が違い、どうしても勝つ事が出来ず、この日でついに全敗になってしまった。負けた事よりも相撲に対する心構えを生駒親方に叱責された嵐は売り言葉に買い言葉で部屋を飛び出す。しかしそれから間もなく、生駒親方が崩れた鉄骨の下敷きになり、事故現場に駆け付けた嵐は周囲の人間達と力を合わせ、親方を鉄骨から助け出そうとするが自分たちの力では重い鉄骨は持ち上がらない。そんな状況で一人の体格の良い学生が手助けを買って出る。嵐は彼と力を合わせ鉄骨を動かし、親方を助ける事に成功する。当時の嵐は知る由もないが、彼こそ高校相撲で三年間横綱を張った「醍醐 剛(だいご つよし)」その人であり、協力して鉄骨を持ち上げる際に、彼の眼を見た途端自身にもとてつもない力が入った事に驚愕する。結局生駒親方こと「生駒大助」はそのまま病院のベッドで亡くなるが、今際の際に生駒は嵐に、「土俵は小さいが、その中には地位、名誉、金など、お前の欲しいものは全て埋まっている。相撲取りは強くなれば、何だって土俵の中から掘り出せるんだから、欲しかったら強くなれ。」と遺言する。親方が亡くなった事で生駒部屋は解散、嵐と、同門の豆田川は生駒親方と懇意にしていた荒海親方の名門「荒海部屋」へ移籍する事になった。荒海部屋で嵐や豆田川が割り当てられた部屋は、嵐が千秋楽で敗れた黒岩のいる大部屋であった。件の取組で、わざと「待った」を掛けられるなどイライラさせられたあげく、勝ったとはいえ自身も嵐の粘りの影響で足を少し痛めたなどの経緯がある黒岩はそれを根に持ち、嵐たちの目覚まし時計を遅らせるなどの嫌がらせをする。また、荒海部屋で嵐は、力士とは思えない痩せ型でありながら、その卓越した技能で「横綱キラー」とも評される関脇・若軍鶏と出会い、体格にハンデのある自分が強くなるにはこの人から学ぶしかないと教えを請うが、嵐に「見込みがない」と揶揄されたかつての自分を見る若軍鶏には相手にされない。ほどなく高校横綱、醍醐が角界入りして荒海部屋に入門、荒海親方直々の提案で若軍鶏の付け人となり、身の回りを世話しながら若軍鶏の指導を受けるようになる。かつて彼の眼を見て凄い力を引き出された嵐は醍醐を宿命のライバルと見なして闘志を燃やすのだった。そうこうするうちに嵐と同部屋の黒岩のいじめはエスカレート、嵐の怒りは爆発して黒岩と大乱闘を起こしてしまい、それを目撃した荒海親方に黒岩ともども破門を言い渡されてしまった。しかし、単なるけんかでありながら破門という厳しい処分は、実は荒海親方の計らいであり、嵐と豆田川は親方の尽力で消滅を免れた生駒部屋に戻る。そこに帰郷するつもりで荒海部屋を出た黒岩が嵐に連れて来られ、自動車の整備業で部屋の経営を支える生駒親方の娘、直美を中心に、生駒部屋三羽烏として再スタートを切るのだった。