ゆうばり型護衛艦
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| ゆうばり型護衛艦 | |
|---|---|
|
DE-227 ゆうばり | |
| 基本情報 | |
| 艦種 | 護衛艦(DE) |
| 命名基準 | 日本の河川名 |
| 運用者 |
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| 建造期間 | 1981年 - 1984年[1] |
| 就役期間 | 1983年 - 2010年 |
| 建造数 | 2隻 |
| 前級 | いしかり |
| 次級 | あぶくま型 |
| 要目 | |
| 基準排水量 | 1,470トン[1] |
| 満載排水量 | 1,750トン[2] |
| 全長 | 91 m[1] |
| 最大幅 | 10.8 m[1] |
| 深さ | 6.2 m[2] |
| 吃水 | 3.6 m[1] |
| 機関 | CODOG方式[2] |
| 主機 |
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| 推進 | 可変ピッチ・プロペラ×2軸 |
| 出力 |
ディーゼル:4,650 hp ガスタービン:22,500 hp |
| 電源 | |
| 最大速力 | 25ノット[2] |
| 乗員 | 95名[1] |
| 兵装 |
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| FCS | |
| レーダー |
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| ソナー | SQS-36D(J) 船底装備式×1基 |
| 電子戦・ 対抗手段 | |
| その他 | OAX-1赤外線暗視装置 |
ゆうばり型護衛艦(ゆうばりがたごえいかん、英語: Yubari-class destroyer escort)は、海上自衛隊の護衛艦の艦級。先行する「いしかり」(52DE)を発展させた護衛艦(DE)として、昭和54年度及び55年度計画で1隻ずつが建造された[2][3]。建造単価は166億円(昭和55年度)[4]。
設計
上記の経緯より、基本設計は52DEの発展型となっている。基本計画番号はE111[5]。
中央船楼型という船型は踏襲され、外見上も酷似するが、基準排水量を約200トン、全長で6メートル延長し、全幅および深さも若干増大した。これに伴い、CICを含む戦闘区画や居住区の床面積が増大するとともに、倉庫も増設されて生活・居住環境は改善された。また燃料タンクも大型化され、燃料搭載量が約35パーセント増大したことで、航続距離の延伸にもつながった[3]。
機関は52DEと同構成であり、三菱重工業6DRV35/44ディーゼルエンジンと川崎-ロールス・ロイス オリンパスTM3BガスタービンエンジンによるCODOG方式とされた[3]。
装備
装備は52DEの構成が踏襲され、レーダーとしては対空警戒・対水上捜索両用のOPS-28-1、ソナーとしてはSQS-36D(J)をハルドームに収容して搭載し、艦橋天蓋上にOAX-1赤外線暗視装置を搭載した。また電子戦支援(ESM)装備としては、NOLR-6B電波探知装置とOLR-9Bミサイル警報装置が搭載された[3]。
兵装も同様で、艦首甲板には62口径76mm単装速射砲(76mmコンパット砲)、船楼甲板前端部には375mm4連装対潜ロケット発射機(71式ボフォースロケットランチャー)、船楼甲板中部には324mm3連装短魚雷発射管(68式)、そして艦尾甲板にはハープーン艦対艦ミサイルを搭載した[2][5]。個艦防空能力強化のため、延長された船楼甲板後端部に高性能20mm機関砲(CIWS)を後日装備する計画もあったが、実現しなかった[3]。
同型艦
| 艦番号 | 艦名 | 建造 | 起工 | 進水 | 竣工 | 除籍 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| DE-227 | ゆうばり | 住友重機械工業 浦賀工場 |
1981年 (昭和56年) 2月9日 |
1982年 (昭和57年) 2月22日 |
1983年 (昭和58年) 3月18日 |
2010年 (平成22年) 6月25日 |
| DE-228 | ゆうべつ | 日立造船 舞鶴工場 |
1982年 (昭和57年) 1月14日 |
1983年 (昭和58年) 1月25日 |
1984年 (昭和59年) 2月14日 |
発展型
52DEの発展型として建造されたものの、本型もなお過小との評価を受け、同型艦の建造は昭和55年度計画の「ゆうべつ」で打ち切られた[3]。
その後、56中業の昭和58年度計画では、いすず型(34DE)やちくご型(42DE)の更新用として、本型を発展させた1,600トン型3隻の建造が検討された。この58DEでは、水中放射雑音低減などのため主機関をCODOG方式からオリンパスTM3Bのみによる構成に変更するとともに、凌波性向上のため船型を長船首楼型に改正していたが、同年度ははたかぜ型2番艦「しまかぜ」やあさぎり型など大型護衛艦の予算要求があったこともあって、大蔵省の査定落ちとなった。その後も検討と交渉が重ねられた結果、計画は61中期防に持ち越されて、設計・装備ともに刷新した2,000トン型(あぶくま型)に結実することになる[6]。