わが生涯は火の如く
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- 1960年7月、橋は「潮来笠」でデビューしたが、その年、5枚のシングルをリリース。特に10月、11月、12月は新人では異例の3ヶ月連続の新譜リリースとなった。
- 1961年もこの傾向は変わらず、この年のシングルリリースは11枚に達したが、特に5月は「若い素顔」(VS-497)「南海の美少年(天草四郎の唄)」(VS-506)と本楽曲「わが生涯は火の如く」と3曲のリリースとなった。
- 作詞は佐伯孝夫、作曲は吉田正と橋の両恩師による制作で、デビュー以来変わっていない。
- 楽曲は、映画に合わせて消防士の心意気を、重厚感のある音楽に乗せて歌いあげ、B面の「故郷の花はいつでも紅い」とは「違うタイプの2曲の組み合わせ」[2]となっている。消防関係者には、その後もよく歌われた楽曲となった。
- c/wの「故郷の花はいつでも紅い」も、佐伯、吉田の作品で、TBSラジオにて放送された三菱重工提供「田園ソング」。ラジオから流れるメロディーは、当時の若い世代の思い出曲となっている。歌詞の「淋しゅてならず」について、橋は、「佐伯先生の美学なんでしょうね。意図的に新しい言葉と古い言葉を混ぜる」としている[3]。
- 1961年に年間で8万枚を売り上げ、ビクターの年間ヒット賞を受賞した[4]。