13歳にしてフェロー諸島のテレビ番組にて自身最初のパフォーマンスを行い、同年ナショナルシンギングコンテストに優勝する。
1999年、15歳の時に学校を中退しプロのミュージシャンとして生きることを決意、ロックバンド『Clickhaze』、並びにジャズカルテット『Ivory』に加入する。
両バンド活動の合間にフェロー諸島の伝統的な音楽や物語を学び、翌2000年、1stソロアルバム「Eivør Pálsdóttir」をリリース。
2001年、バンドClickhazeでフェロー諸島のバンドコンテスト''Prix Føroyar''で優勝。
2002年、クラシックとジャズを勉強するためフェロー諸島を離れアイスランドのレイキャビークへ移住。同時にクリスチャン・ブラク率いるエスニック・ワールド・ジャズグループ『Yggdrasil』へ加入、同年に1stアルバムをリリースする。
また同年夏には、Clickhazeでアルバムをリリースしツアーを敢行。フェロー諸島、スウェーデン、デンマーク、アイスランド、グリーンランドで公演を行う。
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2003年には2ndソロアルバム「Krákan」をリリース。同アルバムはアイスランド・ミュージックアワードにて三部門でノミネートされ、アイヴォールは通常アイスランドのミュージシャンにしか送られないという"ベストシンガー&ベストパフォーマー賞"を受賞した。
2004年に開催されたコンサートでは、フェロー諸島交響楽団の伴奏でクリスチャン・ブラクのオペラ『Firra』を歌唱した。
同年、プロデューサーにカナダ人のBill Bourneを迎え3rdソロアルバム「eivør」をリリース。このアルバムのセールスにより、アイヴォールはビョークと並んで、自身二度目となるアイスランド・ミュージックアワードへのノミネートを果たした。
9月、「その楽曲でフェロー諸島の知名度を決定的なものへ向上させた」として、同年に新設されたフェロー・オブ・ザ・イヤー2004に選出される。
2005年3月にリリースされたDR放送交響楽団のビッグバンド創設40周年アルバム「Trøllabundin」に参加。すべての楽曲がアイヴォールのために書き下ろされている。
また同年、演劇「Úlfhamssaga」の楽曲構成・演奏を担当し、アイスランド・シアターアワードにてベストミュージックスコア賞を受賞する。
2006年にデンマークのコペンハーゲンに移住すると、直ちに現地のフォークシーンにおいて重要な位置に就くようになり、その年のデンマーク・ミュージックアワードで6つの賞と賞金を授与される。
2007年には、5thソロアルバムとして英語盤の「Human Child」とフェロー語盤の「Mannabarn」を同時にリリースした。この2枚通算のセールスは、アイスランドとフェロー諸島でいずれもトップ5にチャートインしている。
2008年、活動の拠点を故郷であるフェロー諸島のゴータに移す。
2009年、アルバム制作を続けながらも海外でのライブ活動を精力的に行う。この年に日本でも単独公演を果たしている。
2010年、6thソロアルバム「Larva」をリリース。
2012年、フェロー人作曲家のTróndur Bogasonと結婚。共同で制作した、通算7枚目となるアルバム「Room」をリリース。これによりプラネット・アワーズ(フェロー・ミュージックアワーズ)で"ベスト女性シンガー賞"、及び"ベストアーティスト賞"、"ベストアルバム・オブ・ザ・イヤー賞"を受賞した。