アウグスト・クイリヌス・リヴィヌス

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August Quirinus Rivinus
"Ordo Plantarum"の図版

アウグスト・クイリヌス・リヴィヌス(August Quirinus Rivinius、本姓は Bachmann、1652年12月9日 - 1723年12月20日)は、ドイツ医師植物学者である。

ライプツィヒで生まれた。父親はライプツィヒ大学哲学医学の教授で、ネオラテン語詩人でもあり、自分の姓をラテン語化して、リヴィヌスと自称した。

アウグスト・クイリヌス・リヴィヌスは哲学と医学をライプツィヒ大学で学んだ後、ヘルムシュテット大学で学び、ライプツィヒで医者を開業し、1677年からライプツィヒ大学で講師を務め、1688年に医学部の教授となった。1891年から病理学植物学の教授になり、大学植物園の園長となった。

リヴィヌスは植物分類学の分野で働いた。花冠の形を分類に用いる分類形式や、論理学者のヨアヒム・ユンギウスとともに植物の命名法を研究した。医学や植物学や天文学に関する多くの研究を行い、それらの研究は1710年に"Dissertatione medicae diversis temporibus habitae, nunc vero in unum fasciculum collectae" として出版された。太陽黒点の研究の結果、晩年は視力を失った。

1703年にロンドン王立協会の会員に選ばれた[1]ヤマゴボウ属のジュズサンゴ(Rivina humilis)の学名は、シャルル・プリュミエによってリヴィヌスに献名された。

出典

参考文献

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