アガーテ・バッケル=グロンダール
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クリスチャニア(現オスロ)でオットー・ヴィンテル=イェルムとハルフダン・シェルルフ、ルトヴィク・マティアス・リンデマンに師事した。その後フィレンツェでハンス・フォン・ビューローの、ヴァイマルでフランツ・リストの薫陶を受ける。
バーナード・ショーが注目するほど国際的に名声のあるピアニストであったが、後年に聴力を失い、音楽活動を断念した。エドヴァルド・グリーグとは親友同士であり、バッケル=グロンダールが亡くなると、グリーグは「ミモザの花のような彼女の音楽はもう聴けない」と言って惜しんだ。作品番号にして70曲の、個別に数えて総数400曲の作品を残した。ほとんどすべてがピアノ曲と声楽曲で、管弦楽曲や室内楽曲はほとんど書いていない。民俗生活を題材とした性格的小品が多いが、ピアノ曲はグリーグほど大胆ではなく、しばしばショパンやシューマンの影響下に留まっている。
