アクバル・ナーマ
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成立
アブル・ファズルによれば『アクバル・ナーマ』は全5冊で計画された[3]。第1冊から第4冊まではアクバルの一代記を年齢の30年ごとに記録する予定であった[3]。そのうちアクバルの下命によって編纂された最終冊(第5冊)がもっとも早く、アクバルの治世第40年(1595-96年)に成立した[3][4]。
1598年に第1冊、第2冊、最終冊の暫定版がアクバルに提出され、その後もアブル・ファズルは補訂を続けていたが、1602年8月にアブル・ファズルが殺害されたため、第2冊は1602年3月までの記載であり未完となっている[3]。
アブル・ファズルの死後に編纂された『アブル・ファズル名文集』ではこの第5冊に対し「『アクバル・ナーマ』第3冊」という書名を与えたが、18世紀後半以降に『アーイーニ・アクバリー』という通称が用いられるようになった[5]。