アジムス
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| アジムス Azymuth | |
|---|---|
| 出身地 |
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| ジャンル | ジャズ・ファンク、フュージョン、サンバ |
| 活動期間 | 1973年 - |
| レーベル |
マイルストーン・レコード Far Out Recordings |
| 公式サイト | |
| メンバー |
アレックス・マリェイロス キコ・コンティネンティーノ レナート・マッサ・カルモン |
| 旧メンバー |
ジョゼ・ホベルト・ベルトラミ アリオヴァルド・コンテシーニ ホタ・モラエス イヴァン・コンチ |
アジムス(Azymuth)は、ブラジル出身のジャズ・ファンク/フュージョン・トリオである。
代表曲にNHK-FMで放送された『クロスオーバーイレブン』のテーマ曲「Fly over the Horizon」(アルバム『ライト・アズ・ア・フェザー』に収録)がある。
1973年、リオデジャネイロにて、ジョゼ・ホベルト・ベルトラミ(José Roberto Bertrami、キーボード)、アレックス・マリェイロス(Alex Malheiros、ベース、ギター)、イヴァン・コンチ(Ivan Conti、ドラム)らによって結成される。結成当時は「Azimuth」と綴っていた。なお、ブラジルポルトガル語読みは「アジムチ」となる。
トリオ編成の印象が非常に強いが、最も初期の頃、アリオヴァルド・コンテシーニをパーカッショニストに加えた4人編成で活動していたことがある。
1975年にセルフタイトルのファースト・アルバムを発表し、1977年に現在のスペル表記に変えた後セカンド・アルバム『涼風』をアトランティック・レーベルからリリース。同郷のアイアート・モレイラ、フローラ・プリム夫妻やアメリカのサラ・ヴォーンなどのジャズ・フュージョン系ミュージシャン、シンガーと3人が別々に、または一緒に参加しブラジル国外でも名を上げていく。
1979年にアメリカのファンタジー・レコード傘下にあったマイルストーン・レコードとワールド・ワイド契約しアルバム『ライト・アズ・ア・フェザー』を発表する。タイトルはベルトラミが敬愛するピアニスト、チック・コリアが率いていた「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の曲である。また、収録曲「Jazz Carnival」がヒット。日本ではNHK-FM放送の番組『クロスオーバーイレブン』に「Fly over the Horizon (Vôo Sobre O Horizonte)」が、翌1980年リリースのアルバム『オウトゥブロ』のタイトル曲と共にテーマ曲として使用され人気を博す。なおこの2つのアルバムの版権はフランスのプロダクションに売却され、アメリカのブラック・サンが配給している。
1988年、アルバム『キャリオカ』を最後にベルトラミが一度離れる。またレコード会社をエニグマ・レコード傘下のIntimaレーベルへ変更し2枚のアルバムをリリースする。1994年にベルトラミが復帰。
1990年代以降、クラブ・シーンにおいて重宝されるようになり、イギリス・ロンドンのレーベル、ファー・アウトに移籍する。
2012年7月8日、ベルトラミがリオデジャネイロで死去[1]。66歳没。
ベルトラミの後任にはミルトン・ナシメントやジョアン・ボスコ等の著名なミュージシャンとの共演で知られるキコ・コンティネンティーノが選ばれた。(ベルトラミもブラジルで有名な音楽家の家系出身であるが、コンティネンティーノ家も著名な音楽一家である。父親はピアニストで現在は音楽院の代表者であり、兄弟もミュージシャンとして活躍している。)
2011年の東日本大震災の直後、Azymuthはマルコス・ヴァーリと共に日本での来日公演を開催、大盛会となった[2]。
2023年4月17日、イヴァン・コンチが死去。76歳没。
コンチ没後、レナート "マッサ" カルモンが後任ドラマーとなる。
2025年に『Marca Passo』を発表。唯一のオリジナルメンバーとなったアレックス・マリェイロスを中心に製作された。『Fênix』(2016年)以来9年ぶりとなる新作アルバムである。プロデューサーには『Aurora』(2011年)と『Fênix』も担当したダニエル・モーニックを起用。ダニエルはイギリスのバンド、インコグニートのジャン=ポール・"ブルーイ"・モーニックの息子であり、ブルーイは"Last Summer In Rio"に参加している。曲は1980年代に発表した曲の再レコーディング、ニューバージョンとなる[3]。
2025年11月に来日公演を開催する予定だったが、マリェイロスの体調不良により急遽中止となった。