アストリ・オーセン
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ノルウェー中部の都市、トロンハイムで生まれた。25歳の時(1900年頃)にベルゲンで絵画を学び始めた。1903年頃の短期間と1907年から1909年の間、クリスチャニアで女性画家ハリエット・バッケルの美術学校で学んだ。デンマークやパリにも滞在し、ヴィゴ・ヨハンスンやクリスチャン・クローグ、ハルフダン・ストロム(Halfdan Strøm)、レオン・ボナといった画家からも指導を受けた[1]。
両親の死後、トロンハイムで過ごし、肖像画家として働いた。1917年にスカンジナビア半島のラップランドやロシア北部コラ半島の先住民でトナカイ放牧などで生活するサーミ人の権利と文化の擁護を議論するための会議がトロンハイムで開かれた際、この会議に参加した伝統的な衣服を着たサーミ人活動家たちの肖像画をパステルで描き、歴史的資料としても価値のある作品を残した[2]。
1935年にトロンハイムで脳卒中により60歳で亡くなった[3] 。8年後にトロンハイム美術協会は回顧展を開催し、オーセンの家族は若い画家のための奨学金「アストリ・オーセン基金(Astri Aasens gave)」を設立した[1]。

