アゼルバイジャン人
テュルク系民族
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アゼルバイジャン人(アゼルバイジャンじん、Azərbaycanlılar)もしくはアゼリー人は、アゼルバイジャン共和国とイラン北西部を中心として、その周辺地域であるジョージアやアルメニア、イラク北部、トルコ、ロシア連邦内のダゲスタン共和国などに居住しているテュルク系民族である。元来はオグズ諸語を言語とするオグズ系の民族である。「アゼルバイジャン・トルコ人」と呼ばれることもある。
| 総人口 | |
|---|---|
| 約2050~3300万人 | |
| 居住地域 | |
| 12,000,000 - 20,100,000人 | |
| 8,150,000人[1][2] | |
| 800,000人 | |
| 622,000人 | |
| 284,761人 | |
| 80,000人 | |
| 120,000 - 140,000人 | |
| 46,000人 | |
| 17,000人 | |
| 400,000人[3] | |
| 90,000人 | |
| 1,000人 | |
| 290人 | |
| 116人 | |
| その他 | 30,000人 |
| 言語 | |
| アゼルバイジャン語 | |
| 宗教 | |
| 多くはイスラム教シーア派(十二イマーム派)、少数でイスラム教スンニ派、ゾロアスター教、バハイ教など | |
| 関連する民族 | |
| オグズ人、トルコ人、トルクメン人、ガガウズ人、イラン系民族、アルメニア人 | |
なお、イラン国内の人口に占めるアゼルバイジャン人の割合は25%にのぼり、アゼルバイジャン共和国内のアゼルバイジャン人人口をはるかに上回る。人種は元来はモンゴロイドであったが、イランやイラク、アルメニアなどに居住する大半は歴史的な経緯からコーカソイドとの混血を重ねて、現在ではトルコ人同様にコーカソイドに分類されている。
歴史
分布

イラン国内のアゼリー人
クルド人と同様に、中東地域において複数の地域にまたがり居住しており、特にイラン国内では、アゼルバイジャン人がペルシャ人に次ぐ多数派(25%)を形成していることから、これまでにこれらの地域に居住するアゼルバイジャン人主導の統一国家を樹立する試みが幾度となく行われてきた[4]。しかしながら、現在のところイラン国内におけるアゼルバイジャン人の独立運動は沈静化し、アゼルバイジャン人の主導する国家は唯一アゼルバイジャン共和国のみとなっている。なお、アゼルバイジャン共和国では、ナゴルノ・カラバフの領有権をめぐり、隣国アルメニアと激しく対立している。
言語
宗教
遺伝子
アゼルバイジャン人のY染色体は、ある調査では、ハプログループJが31%、ハプログループGが18%、ハプログループR1bが11%などとなっており[5]、言語系統が異なる隣接する諸民族と大差ない。
著名なアゼルバイジャン人
世界的に著名な作曲家を多く輩出してきた。また、格闘技をはじめとするスポーツも盛んである。イランにおいては、政府要人にアゼルバイジャン系の者が少なくない。
- ヘイダル・アリエフ(アゼルバイジャン共和国の第3代大統領)
- イルハム・アリエフ(アゼルバイジャン共和国の第4代大統領)
- ムスリム・マゴマエフ(歌手)
- ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ奏者)
- ウゼイル・ハジベヨフ(作曲家)
- カラ・カラーエフ(作曲家)
- アリエフ・マックモド(格闘家)
- アリ・ダエイ(サッカー選手)
- ファラ・パフラヴィー(パフラヴィー朝第2代皇帝モハンマド・レザー・パフラヴィーの妻。なお、初代皇帝レザー・シャーの妻もアゼルバイジャン系。)
- アリー・ハーメネイー(イランの第2代最高指導者)
- ミール・ホセイン・ムーサヴィー(イラン元首相)
- ヴガール・ケラモフ(第4代RIZINフェザー級王者)