アダム・ハイズデュ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | カリフォルニア州サンノゼ |
| 生年月日 | 1971年12月6日(53歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 220 lb =約99.8 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手、一塁手 |
| プロ入り | 1990年 MLBドラフト1巡目 |
| 初出場 |
MLB / 2000年9月8日 NPB / 2007年4月18日 |
| 最終出場 |
MLB / 2006年4月26日 NPB / 2007年10月5日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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アダム・デービス・ハイズデュ(Adam Davis Hyzdu、1971年12月6日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼ出身の元プロ野球選手(外野手)。
福岡ソフトバンクホークスでの登録名はアダム。
MLB時代
1990年のMLBドラフト1巡目(全体の15番目)でサンフランシスコ・ジャイアンツに指名され契約。
2000年にピッツバーグ・パイレーツでメジャーデビュー。
2002年には自己最多の59試合に出場し、11本塁打を放った。その後、ボストン・レッドソックス、サンディエゴ・パドレス、テキサス・レンジャーズと渡り歩いた。
2004年にポータケット・レッドソックス在籍時には3割・29本・79打点・84四死球を記録し、8月には月間MVPに選ばれるなど活躍。アルトゥーナ・カーブ(パイレーツ傘下の2Aチーム)在籍時にはイースタンリーグ (北米)オールスターに2度選ばれ、当時の背番号16はクラブの永久欠番になっている。
ソフトバンク時代
2006年オフ、福岡ソフトバンクホークスと契約した。1年契約で、推定年俸は5000万円。同僚のクリストファー・ニコースキーとともに、ソフトバンクが2006年から導入した海外スカウト制による獲得第1号選手である。
2007年はオープン戦の不振により、開幕は二軍となってしまった。同年4月18日に一軍公式戦デビュー(対楽天戦)も田中将大の前に3三振。公式戦来日初の本塁打を4月21日の対日本ハム戦で放つ。大村直之や多村仁の故障に伴い一軍と二軍を行き来しながら、積極的な守備や勝負所での本塁打などで印象的な活躍を果たした。出場試合に恵まれない中で7本塁打を放つも、同年11月30日にブライアン・ブキャナンと共に戦力外通告を受け、同日自由契約公示された。
人物
右肩けん板修復手術の為に渡米していた斉藤和巳を自宅に招き手厚く歓待した。アダムは既にそのときホークスを解雇されていたが、斉藤のことを終始気遣っていたという。