アナスタシア・ロディオノワ
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アナスタシア・ロディオノワ | |||||||||||||||||||
| 基本情報 | |||||||||||||||||||
| フルネーム |
Anastasia Ivanovna Rodionova | ||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 出身地 | タンボフ | ||||||||||||||||||
| 居住地 | ビクトリア州メルボルン | ||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1982年5月12日(43歳) | ||||||||||||||||||
| 身長 | 167cm | ||||||||||||||||||
| 体重 | 59kg | ||||||||||||||||||
| 利き手 | 右 | ||||||||||||||||||
| バックハンド | 両手打ち | ||||||||||||||||||
| デビュー年 | 1997年 | ||||||||||||||||||
| 生涯獲得賞金 | 3,680,801 アメリカ合衆国ドル | ||||||||||||||||||
| ツアー経歴・シングルス | |||||||||||||||||||
| ツアー通算 | 0勝 | ||||||||||||||||||
| 自己最高ランク | 62位(2010年8月16日) | ||||||||||||||||||
| 4大大会最高成績・シングルス | |||||||||||||||||||
| 全豪オープン | 2回戦(2007・08) | ||||||||||||||||||
| 全仏オープン | 3回戦(2010・11) | ||||||||||||||||||
| ウィンブルドン | 3回戦(2010) | ||||||||||||||||||
| 全米オープン | 3回戦(2006・09) | ||||||||||||||||||
| ツアー経歴・ダブルス | |||||||||||||||||||
| ツアー通算 | 11勝 | ||||||||||||||||||
| 自己最高ランク | 15位(2014年9月8日) | ||||||||||||||||||
| 4大大会最高成績・ダブルス | |||||||||||||||||||
| 全豪オープン | ベスト8(2011・16) | ||||||||||||||||||
| 全仏オープン | ベスト8(2011) | ||||||||||||||||||
| ウィンブルドン | ベスト8(2002・11・14) | ||||||||||||||||||
| 全米オープン | ベスト4(2010) | ||||||||||||||||||
| 4大大会最高成績・混合ダブルス | |||||||||||||||||||
| 全豪オープン | ベスト8(2011) | ||||||||||||||||||
| 全仏オープン | ベスト8(2015) | ||||||||||||||||||
| ウィンブルドン | 準優勝(2003) | ||||||||||||||||||
| 全米オープン | ベスト4(2017) | ||||||||||||||||||
| 獲得メダル | |||||||||||||||||||
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| 2017年9月10日現在 | |||||||||||||||||||
アナスタシア・ロディオノワ(Anastasia Rodionova, ロシア語: Анастасия Ивановна Родионова, 1982年5月12日 - )は、オーストラリアの女子プロテニス選手。ロシア・タンボフ州タンボフ市出身で、2009年12月にオーストラリア国籍を取得し、現在はメルボルン在住。2003年のウィンブルドン混合ダブルスで、イスラエルのアンディ・ラムとペアを組んで準優勝した。WTAツアーでシングルスの優勝はないが、ダブルスで11勝を挙げている。身長167cm、体重59kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。自己最高ランキングはシングルス62位、ダブルス15位。妹のアリーナ・ロディオノワもテニス選手。
ロディオノワは1997年に15歳でプロ入りしたが、女子テニスツアーの下部組織の大会で長い下積み生活を送った。4大大会初挑戦は2001年ウィンブルドンであったが、長い間予選敗退の壁にぶつかっていた。(予選会は、3試合を勝ち抜かないと本戦出場権を得られない。)ようやく2003年ウィンブルドンで宿願の本戦初出場を果たし、シングルスは1回戦でビルジニ・ラザノ(フランス)に敗れたが、アンディ・ラムと組んだ混合ダブルスで決勝に勝ち進む。この大舞台で、2人はリーンダー・パエス(インド)&マルチナ・ナブラチロワ(アメリカ)組と対戦した。ロディオノワとラムは、パエスとナブラチロワに 3-6, 3-6 のストレートで敗れ、当時46歳だった大ベテランのナブラチロワは、1995年以来8年ぶり4度目の混合ダブルス優勝により、ウィンブルドン選手権総計「20勝」の歴代1位タイ記録を樹立した。

この経験の後、ロディオノワは再び4大大会で予選会の厚い壁に悩んだ。2005年11月、ロディオノワはカナダ・ケベックシティ大会のダブルスで同じロシアのエレーナ・ベスニナとペアを組み、ようやく女子ツアー大会でダブルス初優勝を果たした。2006年全仏オープンからは、4大大会シングルスにも連続出場できる力をつけ、同年の全米オープンで初の3回戦に進出する。この3回戦で、ロディオノワは2004年全米オープン優勝者のスベトラーナ・クズネツォワに 3-6, 0-6 で敗れた。2007年5月、彼女はポルトガル・エストリル大会で1年半ぶりの女子ツアー大会ダブルス2勝目を果たした。
2009年は全米オープンで3年ぶり2度目の3回戦進出があり、カテリナ・ボンダレンコ(ウクライナ)に 6-7(4-7), 4-6 のストレートで敗れた。同年12月10日、ロディオノワはオーストラリア市民権の取得を認められた。2010年以後は、オーストラリア国籍の選手としてトーナメントに出場している。
2010年はオランダ・スヘルトーヘンボス大会のダブルスで3勝目を挙げ、全米オープンの女子ダブルスでカーラ・ブラックと組んでベスト4に進出している。2010年コモンウェルスゲームズにオーストラリア代表として出場し、シングルスと女子ダブルスで金メダル、混合ダブルスで銀メダルを獲得した。
2011年は全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドンのダブルスでベスト8に進出した。全豪はカーラ・ブラック、全仏とウィンブルドンはナディア・ペトロワと組んだ。
2012年のロンドン五輪でオリンピックに初出場した。ヤルミラ・ガイドソバと組んでダブルスに出場し、1回戦でロシアのエカテリーナ・マカロワ&エレーナ・ベスニナ組に 1-6, 4-6 で敗れた。