ナディア・ペトロワ

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フルネーム Nadezhda (Nadia)
Viktorovna Petrova
国籍 ロシアの旗 ロシア
ナディア・ペトロワ
Nadia Petrova
ナディア・ペトロワ
基本情報
フルネーム Nadezhda (Nadia)
Viktorovna Petrova
国籍 ロシアの旗 ロシア
出身地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国モスクワ
居住地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国マイアミ
生年月日 (1982-06-08) 1982年6月8日(42歳)
身長 178cm
体重 70kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1999年
引退年 2017年
ツアー通算 37勝
シングルス 13勝
ダブルス 24勝
生涯通算成績 917勝478敗
シングルス 533勝303敗
ダブルス 384勝175敗
生涯獲得賞金 $12,466,924
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト8(2006・10)
全仏 ベスト4(2003・05)
全英 ベスト8(2005・08)
全米 ベスト8(2004・05)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 ベスト4(2011)
全仏 準優勝(2012)
全英 ベスト8(2004・05・07・11・13)
全米 準優勝(2010)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位(2006年5月15日)
ダブルス 3位(2005年3月21日)
獲得メダル
女子 テニス
オリンピック
2012 ロンドンダブルス

ナディア・ペトロワNadia Petrova, ロシア語: Надежда (Надя) Викторовна Петрова, 1982年6月8日 - )は、ロシアモスクワ出身の女子プロテニス選手。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。自己最高ランキングはシングルス3位、ダブルス3位。WTAツアーでシングルス13勝、ダブルス24勝を挙げた。(ペトロワの名前は、最初期には“Nadezhda Petrova”という表記も多く見られたが、現在はWTAツアーの選手登録名である“Nadia Petrova”が最も広く用いられている。)

ペトロワの両親は陸上競技選手であり、父のビクトルはハンマー投の選手、母のナデジダ・イリーナ英語版モントリオール五輪の1600mリレーの銅メダリストである。両親の仕事の関係で幼少のころはエジプトで暮らした。

ジュニア時代の1998年全仏オープンのジュニア女子シングルス部門でエレナ・ドキッチを破って優勝したことがある。1999年9月にプロ転向。2003年全仏オープン1回戦で、第12シードのモニカ・セレシュを 6-4, 6-0 で破る。セレシュにとっては、これは彼女のテニス経歴で初めての1回戦敗退だった(結果的に、ペトロワがセレシュの現役最後の対戦相手となった)。ここから波に乗って勝ち進んだペトロワは、初進出の準決勝でキム・クライシュテルスに 5-7, 1-6 で敗れた。同年の活躍により、彼女はWTAアワードの2003年度「最も進歩した選手」賞を受賞した。

ペトロワは2004年、女子ツアーのダブルスでメガン・ショーネシーと組んで年間7勝を挙げた。その中には、女子テニス年間最終戦・WTAツアー選手権のタイトルも含まれている。

2005年全仏オープンでペトロワは第7シードに選ばれ、2年ぶり2度目の準決勝に進出したが、ジュスティーヌ・エナン=アーデンに 2-6, 3-6 で敗れた。2005年10月30日オーストリアリンツ大会の決勝でパティ・シュナイダーを 4-6, 6-3, 6-1 の逆転で破り、宿願のシングルス初優勝を達成した。

2006年にペトロワはシングルスでも大きく躍進し、3月にカタールドーハの大会で2勝目を挙げると、4月に入ってから2週連続優勝を達成し、5月第2週の「ドイツ・オープン」でも優勝した。大会第3シードに選ばれた全仏オープンでは、1回戦で日本森上亜希子に 2-6, 2-6 のストレートで敗れている。10月第1週にドイツシュトゥットガルトで行われた「ポルシェ・テニス・グランプリ」決勝ではフランスの新鋭タチアナ・ゴロビンを破り、シングルスで年間5勝目を記録した。

2007年全豪オープンでは3回戦でセリーナ・ウィリアムズに敗れたが、2月第2週の「ガス・ド・フランス・オープン」でシーズン初優勝を挙げ、女子ツアー大会のシングルス優勝を「7勝」に伸ばした。

2010年全米オープンでペトロワはリーゼル・フーバーと組んだ女子ダブルスで初の4大大会決勝に進出した。バニア・キング&ヤロスラワ・シュウェドワ組に 6–2, 4–6, 6–7(4) で敗れ初優勝を逃した。

2011年7月のシティ・オープン決勝でシャハー・ピアーを 7–5, 6–2 で破り、3年ぶりのシングルス10勝目を挙げた。

2012年の全仏オープンマリア・キリレンコと組み2度目の4大大会ダブルス決勝に進出したが、サラ・エラニ&ロベルタ・ビンチ組に 6-4, 4-6, 2-6 で敗れ準優勝となった。7月のロンドン五輪で2大会ぶりの五輪に出場し、シングルスでは3回戦でビクトリア・アザレンカに 6–7(6), 4–6 で敗れたが、マリア・キリレンコと組んだダブルスでは準決勝でセリーナ・ウィリアムズ&ビーナス・ウィリアムズ組に 5–7, 4–6 で敗れた後の準決勝敗退選手2組による「銅メダル決定戦」でアメリカのリサ・レイモンド&リーゼル・フーバー組に 4-6, 6-4, 6-1 で勝利し銅メダルを獲得し、親子二代でメダリストになった。9月の東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメントでは決勝でアグニエシュカ・ラドワンスカを 6–0, 1–6, 6–3 で破り大会初優勝を果たした。最終戦WTAツアー選手権ではキリレンコとのダブルスで優勝し、翌週のWTAトーナメント・オブ・チャンピオンズでも決勝でキャロライン・ウォズニアッキを 6–2, 6–1 で破りシングルス13勝目を挙げた。

ペトロワは2014年4月のファミリー・サークル・カップが最後の出場となり、3年後の2017年1月に正式に現役引退を発表した。

WTAツアー決勝進出結果

4大大会シングルス成績

外部リンク

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