アネット・メサロシュ
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2004年のヨーロッパジュニアで優勝すると、世界ジュニアでも優勝を飾った[2]。2006年の世界ジュニアでは上野巴恵に体落で敗れて2位だった[2]。2007年の世界選手権では準々決勝でフランスのジブリズ・エマヌに敗れたものの3位となった[2]。2008年の北京オリンピックでは準々決勝で上野雅恵に合技で敗れて7位に終わった[1]。2009年の世界選手権では決勝でコロンビアのジュリ・アルベアルに双手刈で敗れて2位だった[2]。2010年の世界選手権では決勝でリュシ・デコスに縦四方固で敗れて再び2位に終わった[2]。2011年の世界選手権では準決勝でドコスに大外刈で敗れて3位だった[2]。2012年のロンドンオリンピックでは初戦で敗れた[1]。ロンドンオリンピック後は柔道を引退してMMAに転進することを表明した。2014年になるとUAEに移り住んで訓練を積む一方で、MMAの選手に柔道を指導していた。そんななかにあって、10月に当地で開催されたグランドスラム・アブダビを観戦していたら、まだ柔道で自分の居場所はあるはずだと再び柔道選手としての情熱が湧き出てきたという。かくしてリオデジャネイロオリンピックを目指すために2015年のヨーロッパオープン・ソフィアで復帰することになったが、3回戦で新井千鶴に大外刈で敗れて7位にとどまった[3][4][5]。世界選手権では初戦で敗れた[2]。