アブドゥル・ラフマン・シャルガム
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| アブドゥル・ラフマン・シャルガム عبد الرحمن شلقم | |
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| 生年月日 | 1949年(75 - 76歳) |
| 在任期間 | 2000年 - 2009年3月4日 |
| 革命指導者 | ムアンマル・アル=カッザーフィー(カダフィ大佐) |
| 在任期間 | 2009年 - |
| 革命指導者 | ムアンマル・アル=カッザーフィー |
アブドッラフマーン・シャルガム(アラビア語: عبد الرحمن شلقم 、Abdel Rahman Shalgam、1949年 - )は、リビアの政治家、外交官。2000年から2009年まで対外連絡・国際協力書記(外務大臣に相当)[1]。
2009年3月4日、内閣改造に伴い外相ポストをムーサ・クーサ諜報庁長官と交代し、国連安保理リビア代表に任命された。外相在職中は最高指導者カッザーフィーの意向もあり、アメリカ・リビア間の関係改善が促進された。2009年12月31日から安保理非常任理事に選出されている[2]。2011年の内戦が勃発した時点で国連大使の地位にあった。
カッザーフィーとは高校以来、50年の長き友人関係にあり、内戦当初、カッザーフィーに忠実な立場をとり、政権批判の立場に立つダバシ次席大使と対立したが、2月25日の国連安保理会合でカッザーフィー批判の演説を行った。演説の中では、ヒトラーなど古今の独裁者を引き合いに出しながら、時折涙を流しながら「国民に手を出すな。われわれは決して降伏しない」と訴えた[3]。