アルゴスのアーピス
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統治
諸家の伝えるところでは、アーピスは紀元前1600年ころまで35年間にわたってアルゴスを統治したとされる。
アーピスは、統治においては独裁をおこない、ペロポネソスに自身の名をつけてアーピアー (Apia) と称したが、遂には息子のスパルタ王テルクシオーンが、テルキースと結んだ策謀によって殺された[3]。アテナイのアポロドーロスによるとされる『ビブリオテーケー』は、このように述べる個所の前で、ポローネウスの子のアーピスがアイトーロスによって殺されたと記しているが、これは、このアーピスと、それとは別の、ヤソン (Jason) の子アーピスを混同したものであり、後者はアザーンの死後に行われた葬礼競技祭に参加して事故でアイトーロスに殺された[9]。