アルフォンス・コラ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ベルギーとの国境の街、リールの徴税吏の息子に生まれた[1]。1834年にリールの美術学校(École des beaux-arts de Lille)に入学し、1838年からは宗教画や肖像画が専門のフランソワ・スション(François Souchon: 1787-1857)がこの学校の校長になり、スションの学生になった[1]。
1842年に宗教的主題を描いた作品でローマ留学の奨学金を取得し、リール市がローマに所有する芸術家の留学滞在施設であるアトリエ・ウィカール(Atelier Wicar: 画家のジャン=バティスト・ウィカールが遺贈)に滞在し、1843年から1848年までイタリア各地を旅し巨匠たちの作品を研究した。
リールに戻った後、1850年に公証人の娘と結婚し、その後 3人の息子と2人の娘が生まれた[1]。
1856年にリールの美術学校の教授になった。 アルフォンス・コラに学んだ学生には、アルフレッド・アガッシュやエドガー・ブートリー、レオン・コメール、アルベール・ダルクらがいる。
肖像画も描いたが、北フランスで著名な宗教画家の一人となり、リール、ドゥエー、ルーベなどフランスの北部地域のいくつかの教会の宗教画を描いた。作品はリール宮殿美術館などに収蔵されている。
リールで68歳で死去した。