アレクサメノスの掻き絵
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年代
発見時期・場所
解釈
大多数の研究者は、アレクサメノスの掻き絵は、キリスト教を嘲っているものだと受け止めている。頭をロバにすげ替えることも、磔も、どちらも当時のローマ社会では侮辱的な意味だったはずである。4世紀にコンスタンティヌス1世が廃止するまで、磔は重罪人に対する処刑に使用されてきて、この絵が与える衝撃は、現在ならさしずめ、首に絞首刑の縄をつけた、あるいは電気椅子に縛られた人物像を見るに等しいものである[15]。
当時においては、キリスト教がロバ崇拝の拝一神教であるとする糾弾が広く存在していた。テルトゥリアヌスは、2世紀後期から3世紀初期にかけて書いた著作の中で、ユダヤ人と一緒にロバの頭の神を崇拝するキリスト教徒がいることを書き、非難した。さらに、背教徒のユダヤ人が、Deus Christianorum Onocoetes(ロバを父に持つキリスト教の神)と銘打つ、ロバの耳と蹄を持つキリスト教徒の戯画をカルタゴにもたらしたことにも言及している[16].
研究者の中には、この掻き絵はエジプトの神アヌビス[9]、もしくはセト[17]の崇拝、あるいは、若い男が行っている儀式は、馬の頭の像やタウ十字 Cross of Tau(銘字右上にあるYの形)を伴うグノーシス主義の儀式である、とする説[18]もある。


