アレクサンダー・フォン・リヒテンシュタイン
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アレクサンダー・フリードリヒ・マンフレート・マリア・フォン・ウント・ツー・リヒテンシュタイン(Prinz Alexander Friedrich Manfred Maria von und zu Liechtenstein, Graf zu Rietberg [1], 1929年5月14日 ウィーン - 2012年3月16日 ローゼック[2][3])は、リヒテンシュタイン家の侯子、オーストリアの実業家。
アルフレート・フォン・リヒテンシュタイン侯子(1900年 - 1972年)とその妻ポリクセナ・フォン・コラルト・ウント・サン・サルヴァトーレ女伯爵(1905年 - 1984年)の間の第1子・長男。リヒテンシュタイン侯ヨハン1世・ヨーゼフの五男エドゥアルト侯子の玄孫に当たる。祖父の弟エドゥアルト侯子は外交官として活動した。また、イタリア人映画監督エドアルド・ウィンスピアは、イギリス系ナポリ貴族ウィンスピア家に嫁した妹エリーザベト(1932年 - 1918年)の息子である。
家族が所領を持つケルンテン州で林業・材木業を営んだ。1972年父が死ぬと先祖伝来の城シュロス・ローゼックを相続し、城を大々的に修復、設備を近代化した上で、観光客向けに一般公開した。マルタ騎士団の名誉・篤信騎士(Ehren- und Devotionsritter)にも列せられた。死後、ローゼックの公営墓地に葬られた。
1961年1月8日ヴェルトハイム近郊ブロンバッハで、レーヴェンシュタイン=ヴェルトハイム=ローゼンベルク侯家家長カールの娘ヨゼフィーネ(1937年 - )と結婚、間に3人の息子をもうけた[4]。長男はケルンテン州フィラッハの総合病院で小児科医として勤務[5]、次男はリヒテンシュタインの各国駐在大使を歴任、三男はローゼックの地所内にあるローゼック動物園の園長をしている。
- クリスティアン・アルフレート・カール・マンフレート・アレクサンダー・ヨーゼフ・マリア(1961年 - ) - 1989年マリー・クリスティーネ・フォン・ヴァルトブルク=ツァイル=ホーエンエムス女伯爵と結婚
- シュテファン・カール・マンフレート・アルフレート・アレクサンダー・ヨーゼフ・マリア(1961年 - ) - 長男と双子、1988年フロレンティーネ・フォン・トゥーン・ウント・ホーエンシュタイン女伯爵と結婚
- エマヌエル・アレクサンダー・ピウス・フリードリヒ・ヨーゼフ・フランツ・マリア(1964年 - ) - 1995年アレクサンドラ・カールノキ・デ・ケレシュパタク女伯爵と結婚