アレクサンドル・トラーゼ
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(ალექსანდრე თორაძე)
(ლექსო თორაძე)
| アレクサンドル・トラーゼ Alexander Toradze | |
|---|---|
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アレクサンドル・トラーゼ (2014年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 |
アレクサンドレ・トラゼ (ალექსანდრე თორაძე) |
| 別名 |
レクソ・トラゼ (ლექსო თორაძე) |
| 生誕 | 1952年5月30日 |
| 出身地 |
|
| 死没 |
2022年5月11日(69歳没) |
| 学歴 | |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 職業 | ピアニスト |
アレクサンドル・トラーゼ(Alexander Toradze, グルジア語: ალექსანდრე თორაძე, ロシア語: Алекса́ндр Тора́дзе, 1952年5月30日[2] - 2022年5月11日[3][注釈 2])は、旧ソヴィエト連邦グルジア・トビリシ出身のピアニスト。
父は作曲家でトビリシ国立音楽院教授(管弦楽法、作曲法)のダヴィト・トラゼ[5]、母は映画俳優のリアナ・アサティアニ[6]。1958年から1969年までR・ロジョーク[注釈 3]に、1970年から1971年までE・グレーヴィチ[注釈 4]に師事したのち[1]、モスクワ音楽院でヤコフ・ザーク、ボリス・ゼムリャンスキー[注釈 5]、レフ・ナウモフに師事して1977年に同音楽院を卒業。1969年の南コーカサス・ピアノコンクール[注釈 6]で第1位[1]、1975年の第10回アレッサンドロ・カーザグランデ国際ピアノコンクールで第3位[7]、1977年の第5回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで第2位[8]を受賞した後、母校モスクワ音楽院で教職についた[9]。
1983年にアメリカに居を構え、1991年から2017年までインディアナ大学サウスベンド校で教授を務める[6]。自身の運営する講座は同校の看板ともいえ、世界的に向学心ある学生を集めている。(英語読みは「アレクサンダー・トラッツェ」。)
2022年4月23日にバンクーバー交響楽団(米国ワシントン州バンクーバー)との共演で2曲のピアノ協奏曲を最後まで弾き終えたが、その2曲目であるドミートリイ・ショスタコーヴィチ作曲『ピアノ協奏曲第2番』の演奏中に急性心不全を引き起こしていた。翌日にピースヘルス・サウスウェスト医療センターに搬送され、一旦は回復に向かっていたが、翌月にインディアナ州サウスベンドの自宅で亡くなった[4][3]。