アレクセイ・スルタノフ
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姓が示すように、中央アジアの有力なムスリム首長の家系に生まれるが、両親はヨーロッパ文化になじんだプロの音楽家だった。4歳から地元でピアノを学び、後にモスクワで研鑚を積む。1985年チャイコフスキー・コンクールでは手の故障により第二次予選後の棄権を余儀なくされたが、1989年ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでは優勝者となり、一躍その名を世界に知らしめた。その後、1995年ショパン国際ピアノコンクールで第二位を受賞して来日を果たし、東京ほかでリサイタルを行った。1998年のチャイコフスキー・コンクール、1999年のエリザベート国際音楽コンクール[1]に挑戦するが落選した。