ソ連当局から禁じられているキリスト教を主題に音楽を書き続けたことでソ連当局と対立し、カラマーノフの音楽は上演禁止となっていた。親友であり同僚でもあったシュニトケは「彼は素晴らしく才能に恵まれていて、ソ連国内のどこかで生活しているが、実際には無名だ。彼は単なる才人ではなく、天才だ。」とカラマーノフについて語った。ショスタコーヴィチはカラマーノフを「現代で最も独創的でユニークな作曲家のひとり」と評した。
長い間無名だったカラマーノフが西側で初めて知られるようになったのは、ソビエト連邦が崩壊した1991年にテープがイギリスに持ち込まれた時だった。演奏に2時間以上かかる交響曲やカンタータも多数あるが、その全貌はほとんど明らかになっていない。