リヴァプールの生まれ。マンチェスター王立音楽院でデリック・ウィンドハムに師事し、マリア・クルチオの薫陶も受けた。1965年にジョン・バルビローリの指揮するマンチェスター王立音楽院管弦楽団の演奏会でデビュー。1968年にミュンヘンとウィーンの国際コンクールに入賞し[1]、1969年にロンドンで初公演を開いてピアニストとしての名声を確立した。
1978年には室内音楽集団のミュージシャンズ・オヴ・ザ・ロイヤル・エクスチェンジを設立し、夫人のキャロライン・クレモウとのピアノ・デュオをはじめとする室内楽の分野で演奏活動を展開している。教育者としては、1973年から母校のマンチェスター王立音楽院の講師を務めた。