アンディ・カーク
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| アンディ・カーク Andy Kirk | |
|---|---|
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アンディ・カーク(1936年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Andrew Dewey Kirk |
| 生誕 | 1898年5月28日 |
| 出身地 |
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| 死没 |
1992年12月11日(94歳没) |
| ジャンル | ジャズ |
| 職業 | ミュージシャン、バンドリーダー |
| 担当楽器 | サクソフォーン |
| レーベル | Brunswick、デッカ |
アンディ・カーク(Andy Kirk、1898年5月28日 - 1992年12月11日)[1]は、スウィング時代に人気を博したバンド、トゥエルヴ・クラウズ・オブ・ジョイを率いたアメリカのジャズ・バンドリーダー、サクソフォーン奏者[2]。
カークはアメリカ合衆国ケンタッキー州ニューポートで生まれた[3]。コロラド州デンバーで育ち、ポール・ホワイトマンの父であるウィルバーフォース・ホワイトマンから指導を受けた[4]。ジョージ・モリソンのバンドで音楽キャリアをスタートさせた後、テレンス・ホルダーのダーク・クラウズ・オブ・ジョイに加入[3]。1929年、ホルダーの脱退に伴いリーダーに就任[3]。バンド名をクラウズ・オブ・ジョイに変更し、拠点をテキサス州ダラスからミズーリ州カンザスシティに移した[3]。バンド名はクラウズ・オブ・ジョイだが、メンバーの人数からトゥエルヴ・クラウズ・オブ・ジョイとも呼ばれる[3]。彼らはカンザスシティの32番街とメインストリートの交差点にあるプラモア・ボールルームに拠点を構え、同年、ブランズウィック・レコードで初のレコーディングを行った[3]。メアリー・ルー・ウィリアムスは土壇場でピアニストとして加入したが、ブランズウィックのデイヴ・カップを感銘させ、バンドのメンバーとなった[5]。
1929年から1930年にかけての最初のレコーディング後、彼らはカンザスシティ・ジャズ・サウンドの典型として人気を博した。1936年半ば、彼はデッカと契約し、1946年まで数多くのヒット・レコードを制作した[3]。6年間のレコーディング活動休止期間中に、彼はバンドを解散・再結成したとみられる。1929年から1930年にかけてのブランズウィック盤は、この期間もカタログに掲載されるほど売れ行きが好調だったようで、1933年から1934年にかけてのプレス盤(1930年代半ばのレーベルのバリエーションを含む)も確認されている。
1938年、カークとバンドは、ヒューイ・チャールズとロス・パーカーが作詞作曲し、ファ・テレルがボーカルを務めた「I Won't Tell a Soul (I Love You)」で、ビルボードチャートのトップを12週間維持した[6]。1942年、カーク・アンド・ヒズ・クラウズ・オブ・ジョイは「Take It and Git」を録音し、1942年10月24日、ビルボードR&Bチャートの前身であるハーレム・ヒット・パレードで初のナンバーワン・シングルとなった。1943年、ジューン・リッチモンドがボーカルを務めた「Hey Lawdy Mama」で、彼は4位のヒットを記録した。
クラウズ・オブ・ジョイ
このバンドには、時期によってバディ・テイト(テナー・サクソフォーン)、クロード・ウィリアムス(ヴァイオリン)、ファ・テレル(ボーカル)、メアリー・ルーの当時の夫ジョン・ウィリアムス、ビル・コールマン[7]、ケン・カーシー、ディック・ウィルソン、ドン・バイアス、ショーティ・ベイカー、ハワード・マギー、ジミー・フォレスト、ベン・スミス、ファッツ・ナヴァロ、チャーリー・パーカー(短期間)[5]、ルーベン・フィリップス、ベン・シグペン、ヘンリー・ウェルズ、ミルト・ロビンソン、フロイド・スミス、ハンク・ジョーンズ、ジョニー・リンチ、ジョー・ウィリアムス、ビッグ・ジム・ローソン、ジーノ・マレー、ジョー・エヴァンスといった錚々たるメンバーが名を連ねていた[8]。
ピアニスト兼アレンジャーを務めたのはメアリー・ルー・ウィリアムスで、彼女は後にジャズ界の重鎮となる[9]。
1948年、カークはクラウズ・オブ・ジョイを解散し、ミュージシャンとしての活動を続けたが、最終的にはホテル経営と不動産業に転身した[10]。彼は音楽家組合の役員も務めた[5]。
死去
ディスコグラフィ
彼は1930年から1931年までブランズウィック、1936年から1945年までデッカ、1950年にコーラルで録音を行った。「The Chronological Classics」には、カークが録音したほぼすべての音源が収録されているが、別テイク、ライブ録音、放送音源は含まれていない。 ※下記、録音年順に記載。
アルバム
The Chronological Classics
- 1929年–1931年 - The Chronological 1929–1931 (1992年、Classics 655)
- 1936年–1937年 - The Chronological 1936–1937 (1991年、Classics 573)
- 1937年–1938年 - The Chronological 1937–1938 (1991年、Classics 581)
- 1938年–1900年 - The Chronological 1938 (1991年、Classics 598)
- 1939年–1940年 - The Chronological 1939–1940 (1992年、Classics 640)
- 1940年–1942年 - The Chronological 1940–1942 (1993年、Classics 681)
- 1943年–1949年 - The Chronological 1943–1949 (2000年、Classics 1075)
その他
- 1929年–1930年 - Cloudy (1984年、Hep 1002 [LP])
- 193?年 - Twelve Clouds Of Joy (1967年、Ace Of Hearts 160 [LP])
- 1930年 - Clouds Of Joy (1966年、Ace Of Hearts 105 [LP])
- 1930年–1931年 - All Out For Hicksville (1985年、Hep 1007 [LP])
- 1936年 - Andy Kirk & His 12 Clouds Of Joy: March 1936 (1973年、Mainstream 399 [LP])
- 1936年–1938年 - The Lady Who Swings The Band [Andy Kirk & His Clouds Of Joy 2/Jazz Heritage Series 70] (1975年MCA France 510121 [LP])
- 1936年–1940年 - Kansas City Bounce 1936–1940 (1991年、Black & Blue 59.240)
- 1936年–1941年 - Walkin' & Swingin' (1983年、Affinity 1011 [LP])
- 1936年–1941年 - Andy Kirk & Mary Lou Williams: Mary's Idea (1993年、GRP 622)
- 1936年–1941年 - Andy Kirk And His Clouds Of Joy: Souvenir Album, Vol. 1 (1951年、Coral 56019 [10" LP])
- 1936年–1942年 - Instrumentally Speaking [Andy Kirk & His Clouds Of Joy 1/Jazz Heritage Series 16] (1968年、Decca 79232 [LP])
- 1938年–1942年 - Clouds At Sundown [Andy Kirk & His Clouds Of Joy 3/Jazz Heritage Series 74] (1975年、MCA France 510133 [LP])
- 1944年 - The Uncollected Andy Kirk And The Clouds Of Joy: 1944 (1986年、Hindsight 227 [LP])
- 1956年 - A Mellow Bit Of Rhythm (1956年、RCA Victor 1302)
アンソロジー
- 1929年–1940年 - Andy Kirk: The 12 Clouds Of Joy With Mary Lou Williams (1993年、ASV Living Era 5108)
- 1929年–1946年 - An Introduction To Andy Kirk: His Best Recordings (1996年、Best Of Jazz 4053)
- 1936年–1949年 - Jukebox Hits 1936–1949 (2005年、Acrobat 4077)
- 1936年–1954年 - The Best Of Andy Kirk (1976年、MCA 4105 [2-LP set])