アンディ・バーナム

イギリスの政治家(1970-) From Wikipedia, the free encyclopedia

アンディ・バーナム1970年1月7日 - )は、イギリス政治家。第23代労働党党首。庶民院議員。元グレーター・マンチェスター市長。

生年月日 (1970-01-07) 1970年1月7日(56歳)
在任期間 2017年5月8日 - 2026年6月19日[1]
在任期間 2026年7月17日 - 現職
概要 生年月日, 出生地 ...
アンディ・バーナム
Andy Burnham
公式肖像画像
生年月日 (1970-01-07) 1970年1月7日(56歳)
出生地 イギリスの旗 イギリス リバプール
在任期間 2017年5月8日 - 2026年6月19日[1]
イギリスの旗 労働党党首
在任期間 2026年7月17日 - 現職
イギリスの旗 保健大臣
内閣 ブラウン第3次改造内閣
在任期間 2009年6月5日 - 2010年5月11日
イギリスの旗 庶民院議員
選挙区 リー(Leigh)選挙区
メイカーフィールド選挙区
在任期間 2001年6月7日 - 2017年5月3日
2026年6月19日 - 現職
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労働・協同党(en:Labour and Co-operative Party)の議員である[2]

来歴

1970年、リバプール郊外のエイントリーで生まれる。

電話会社BTの技術者の父と医院の受付の母は共に熱心な労働党支持者だった。その影響もあり14歳で同党に入党した。ケンブリッジ大学で英文学を学び、ジャーナリズムの道に進んだ。

2001年、総選挙に出馬して当選。庶民院(下院)議員となった。ゴードン・ブラウン率いるブラウン内閣で保健大臣を務めた。

党首選挙に2度も出馬した。

市長

2016年5月5日、マンチェスターの労働党幹部から市長選挙への出馬要請を受ける。5月18日、市長選挙への立候補を決定する。8月に労働党の候補者として選出される。

2017年5月5日、グレーター・マンチェスター市長に当選。

路線バスの公設民営を進め、市が管理・整備して利便性を向上させる。コロナ禍では政権のロックダウン措置に反対。地域経済を守る姿勢から「北部の王」と呼ばれた。

補選

2026年6月18日に投票が行われた庶民院メイカーフィールド選挙区の補選に立候補し、リフォームUKのロバート・ケニョン(Robert Kenyon)らを破り当選。下院議員に返り咲いた。この補選は5月の地方選の労働党大敗を受け、キア・スターマー首相(労働党党首)を批判する同党のジョシュ・サイモンズ英語版がバーナムに議席を譲るために議員を辞職したことにより実施された。バーナムが党首選出馬の要件である国政復帰を果たしたことで、退陣圧力にさらされるスターマーに代わって政権を握る道が開けた[3]。バーナムの当選後、スターマーは「党首選になれば逃げずに出馬する」と語っていたが[4]、程なくして辞任を余儀なくされた[5][6]

3回目の労働党党首選挙立候補

キア・スターマーの辞任表明後、バーナムは労働党党首選挙への立候補を表明した[7]

ウェス・ストリーティング英語版はバーナムの最も有力な対立候補と予測されていたが[8][9]、ストリーティングはバーナムへの支持を表明した。

バーナムは党内から多数の支持を獲得していたため、党首選挙の前から無投票当選の可能性が目されていた[10]。7月9日に立候補に必要な候補者指名投票が実施され、唯一名乗りを上げたバーナムが1回目の投票で党所属の下院議員403人中322人から支持を受けた[11]。16日に立候補手続きが締め切られ、バーナムのみが立候補を届け出たため17日の党特別総会での無投票当選が事実上確定した[12]

2026年7月17日、労働党特別総会に於いて正式に第23代党首に選出され就任した[13]

人物・家族

ケンブリッジ大で出会ったオランダ生まれの妻との間に3人の子どもがいる。サッカーのイングランド・プレミアリーグ、エヴァートンの長年のサポーターでもある。

脚注

外部リンク

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