アントワーヌ・ド・ベルトラン

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アントワーヌ・ド・ベルトランフランス語: Anthoine de Bertrand, 1540年? – 1581年?)は、フランス後期ルネサンス音楽作曲家。前半生においては多産なシャンソン作家として過ごしたが、後半生においてイエズス会の感化を受けて敬虔になり、宗教曲の創作に転向した。宗教戦争の犠牲となり、プロテスタント陣営によって殺害されている。

当時の高名な作曲家のわりには資料に乏しいことから、おそらく権力者から定収入を得るような地位になかったものと思われる。オーヴェルニュフォンターニュに生まれ、1560年ごろからトゥールーズに住む。最期については知られていないが、イエズス会に感化された歌曲がもとでユグノーの手にかかったということは、当時の様々な作家によって言及されている。たとえばミシェル・コワッサールの1608年の記録によると、襲撃を受けて殺された時、ベルトランはトゥールーズの自宅と、経営していた農園のあいだを往復するところだったという。ベルトランの殺害については、死後出版された《宗教的エール集》(Airs spirituels 1582年)の序文においても触れられている。だがこれらの資料は、事件の起こった日付を示していない。

作品と影響力

主要作品一覧

参考文献

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