アントワーヌ・ニコラ・デュシェーヌ
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ベルサイユに生まれた。祖父の代から、王室の建物管理者(Prévost des Bâtiments du Roi)を務める家に生まれた。父親アントワーヌ・デュシェーヌはPrévostであり、画家、建築家でもあり、ローマの細密画学校の校長も勤めた人物である。[1] 父親から自然科学を学び、高名な植物学者のベルナール・ド・ジュシューに植物学を学んだ。父親が管理する王宮の庭で栽培実験をし、1766年に「イチゴの自然史」("L'Histoire Naturelle des Fraisiers")や"Les Considérations sur la Formation des jardins"を出版した。父親はフランス革命でその地位を失い、程なく没するが、デュシェーヌはイギリスに逃れた。革命が落ち着いた後、ベルサイユのエコール・サントラルやベルサイユのリセで博物学の教師となった。
バラ科の植物の属名、Duchesnea(かつての和名:ヘビイチゴ属、現在はキジムシロ属、Potentillaのシノニム)に献名された。
